山の地蔵 - 安曇潤平

山の怪談っていうと、遭難や事故がつきものなので、
私が話しをする時は、大体仮名を使わせてもらっています。

何年か前に山仲間の勝森というやつが、僕のところを訪ねてきたんです。

勝森は僕なんかよりも全然上級者で、
海外の山を登るような男なんですが、しばらく会ってなかったんです。

その勝森が急に訪ねてきて、
実は今日お前に話しがあってきたんだって言うんです。
そして、仲間と3人で山に行った話しをしてくれたんです。

勝森と山本と田中とでもしましょうか。
その3人で山に行ったんですよ。

それは僕もよくいく山で、信仰で有名な山なんです。
山頂に神社なんかもあったり、途中に参道もある、風情のある山なんですよ。

そこを3人でブラブラしながら、
たまにはこういう山登りもいいねなんていいながら登っていくと、
途中に樹齢が結構ありそうな、楠が生えていたんです。

その楠を見ると、途中異様な角度で曲がって、
そしてまた生え伸びているんです。

「随分変わった伸び方をする木だね」なんて話しをしていると、
ちょうど山本ってやつが用を足したくなって、
その楠の裏で用を足すことにしたんです。
登山をしているとトイレなんてないですからね。

しばらくすると、草薮に入っていった山本が慌てて戻ってきたんです。
どうしたんだ?と聞くと、変なものを見つけたっていうんです。

みんなで山本の後にくっついて見に行ってみると、
その楠に隠れるように、50センチ位のお地蔵さんがズラッと並んでいるんです。

不思議なのは、端から何体かには顔が彫ってあるんです。
でもそこから先のお地蔵さんは、顔がのっぺらぼうなんです。

それは古くなって風化して顔がなくなったというのではなく、
初めから顔を掘った形跡がないんです。

顔が彫ってあるお地蔵さんも、普通はふっくらとした可愛らしいものが多いと思うんですが、
妙に人間っぽいというかリアルな顔をしているんです。

なんだか変なお地蔵さんだね、なんでこんなところにあるんだろう?
なんて話して、一応三人でお地蔵さんに手をあわせて、登山を続けたんです。

その日は天候もよくて気持ちのいい登山が出来て、
その日はそのまま下って、三人でお酒を飲んで、楽しいまま解散したんです。

それから少しすると、山本ってやつが一人でふらっと雪山に行ってしまったんです。
一人でいく実力のあるやつですから、別に行っても不思議ではないんですが、
普段は行く時はその3人の誰かに声をかけてから出発してたんです。
その時に限って、ふらっと声もかけずに行ってしまったんです。

そして山本は、その登山で滑落して亡くなってしまったんです。
勝森と田中は呆然としてしまって、
なんで何も知らせないで行っちゃったんだよって悲しんだんです。

それから季節は流れ、1年してちょうど同じ季節になって、
勝森と田中で話している時に、
そういえば山本と去年山に行ったなって話しになったんです。

そして勝森と田中は、山本の供養も兼ねて、同じ山に登る事にしたんです。
同じ道を通って思い出話をしながら、2人は登っていったんです。

それで例の楠のところまで来て、
そういえば山本がこの裏で変なお地蔵さんを見つけたねって話しになったんです。

まだあるか見てみようか?

二人は楠の裏にまわって、お地蔵さんを見てみたんです。
そして二人は凍りついてしまったんです。

というのは、何気なく去年そのお地蔵さんを見た時に、
顔が彫ってあるお地蔵さんの数を、端から数えていたそうなんです。

去年は15体に顔が彫られていたんです。
16体目からが、のっぺらぼうだったんです。

それなのに、その時に見てみると、16体目に顔が彫られているんです。
まあ1年に一回お坊さんが彫っているのかもしれないし、
それはそれで不思議な話しじゃないのかもしれませんが、
彫ってある顔が山本にソックリなんです。

二人は怖くなってしまって、
これはもしかしたら…このお地蔵さんに彫られた顔の人は亡くなってしまうのか?
って話しになったんです。

それで変な気持ちになって、二人は手をあわせたんですが、
山を登るのをそこで止めて、帰ってしまったそうなんです。

それからちょっとしたら、今度は田中が一人でぷらっと、
日帰りでも帰れるハイキングでもいけるような山に行って、
そこでやっぱり急に亡くなってしまったんです。

残った勝森は、そのお地蔵さんの事が気になって仕方なかったんです。
だけど怖くてなかなか行けない。
でもやっぱり気になって、お地蔵さんのところに一人で行ってみたんです。

それでこわごわとお地蔵さんを見て見ると、
今度は17体目に顔が彫られていて、それが田中の顔にそっくりだったんです。

勝森は怖くなって、そこで戻ってきてしまったそうなんです。

それで私のところへ「お前は絶対に行くなよ」って言いにきたそうなんです。

僕も話しを聞いて、大体どの山のどのあたりかわかったんですが、
行く気にはならなかったです。

そしたら勝森が、これは実は最後まで言わないでおこうと思ったんだけど、
お前の顔を見たら黙ってられなくなったから言わせてくれって話しを続けるんです。

「田中の顔が彫られた17体目のお地蔵さんの横の18体目にも、
実は顔が掘りかけてあるんだ。」

それを俺は見ちゃったんだ。

だから俺がこのまま山に登り続けたら、俺は山で死んでしまうだろう。
その時そのお地蔵さんは俺の顔になってるんじゃないかって思うんだ。
だから俺は山に登るのを辞めたよ。

そういう決心を勝森は僕に言ったんです。
俺は山を登るのを辞めたが、お前もそこに行ってそれを見るのはやめろよと忠告して、
勝森は帰っていったんです。

そしたら2日後に、物凄いスピードで突っ込んできたトラックに轢かれて、
勝森は街で亡くなりました。


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