石を持って帰るな - 雲谷斎

あるところに雑居ビルがあって、その雑居ビルというのはネオン街から少し離れたところにぽつんとあるんです。
そこの雑居ビルの中には小さなエレベーターホールがあって各階に繋がる階段があるんです。
その雑居ビルは知る人ぞ知るというか、常連さんしか来ないようなビルなんです。

そこのあるフロアにエンジェルというスナックがあるんです。
そこはカウンターしか無いような小さなスナックで中年のママが一人で切り盛りしているんです。
そこのスナックはカラオケがあるわけでもなく、特段素晴らしいサービスがあるわけでもなく、ママの人柄と安さに惹かれていつも同じ常連客が来るような場末のスナックといったようなところなんです。

その日もいつも来ている常連客の三人がもう既に飲んできたのでしょうが、騒がしく店の中に入ってきたんです。
タイミングとしては開店して第一陣が帰って一段落というようなところだったんです。
それなので店の中には客もなく、ママが一息ついているようなタイミングで三人組が騒々しく入ってきたんです。

「ママ来たでー」

「あらいらっしゃい」

というようないつものやり取りをしていたんですが、一番最後に入ってきた客が何か重そうなものを汗をかきながら持ってきたんです。

「あら、何持ってるの?」

「これめっちゃ重いねんで。
 でもママにプレゼントしようおもて一生懸命持ってきたんや」

と言ってその重そうなものを置くと、それは石なんです。
楕円形で大きくて少し角ばった部分があって、様になるというか、なんだか格好いい石なんです。

「やだ、そんなの何処から持ってきたの?」

「ビルの横に空き地があるやろ。
 ワシそこで立ちションしよったらこの石が目に止まって。
 なんだか格好ええやろ。
 この店にはなんのインテリアもないし、そこの窓の下に置石みたいな感じで置いといたら格好ええかなおもて持ってきたんや」

「何にもインテリアがなくて悪かったわね」

と言いつつも結構立派な石だったのでママも喜んで言われたとおりに窓の下に飾ってみたんです。
置いてみるとなんだかやはり様になっていてちょっとした坪庭のように見えたんです。
来るお客さん達も皆褒めてくれるし、まるで何年もそのお店にあったかのような風格があって、ママもすっかり気に入ってしばらくその石をそこに置いておくようにしたんです。

その石を置いてから皆に石は褒められるし、中には賽銭を置いていく人も出て、お客さんも増えたり何だか店が良い流れに乗ってるようで、まるで招き猫のような石だねという話になっていたんです。
そうしているうちにエンジェルにとってその石がまるでシンボルのようになってきたんです。

初めにその石を持ってきた人もその石が評判になるにつれて、「俺が持ってきたんやぞ」というような感じで得意げな感じになってきたんです。
俺達が持ってきたんだぞと、目利きぶりを自慢するというかね。

ある日も石を持ってきた常連の男たちが居て、
「ママ、この店が流行ったのも石を持ってきた俺のおかげやで。
 感謝してもらわなあかんから今日は飲み代ただにしてや」
というような感じで盛り上がっていたんです。

その店はカウンターがあって、ママがお酒を作る場所の後ろが窓になっているんです。
その窓に何か黒い影がスッと落ちていったんです。
みんな楽しく飲んでいたんですけど、みんながその窓にうつった黒い影を目撃していたんですよね。

「おい、今窓の外で何か落ちなかったか?」

「あぁ、一瞬やったけど俺も見た」

「今のやつ、人の形してなかったか?」

「俺も人のように見えた」

「まさかあれ、飛び降り自殺ちゃうやろな」

初めは何だろう何だろうと言っていたんですけど、皆の話をまとめると、飛び降り自殺じゃないかという話なんです。
ママはその影を見たわけじゃないんですけど、ママも気持ち悪くなってきた。
話の成り行きから下を確かめたほうが良いという流れになって、三人は窓を嫌々ながらも外して下を覗いてみたんですけども、何かが落ちたような形跡は認められなかったんです。

確かに空き地は真っ暗だったんですけど、もし何かが落ちていたらその人が着ている服の色が見えたりするじゃないですか。
でもそれも見えないんですね。
外に何も見えないので自分たちの見間違いかなという話になったんですけど、そうしたら救急車かパトカーか分かりませんが、サイレンの音が近づいてきたんです。

(あれ、何だか近づいてくるな)と思っていたんですが、その救急車かパトカーのサイレンの音がそのビルの前で止まったんです。
そして外に野次馬が集まってくるような気配がするんです。

三人はまた窓を開けて見てみると、警官が野次馬から話を聞いていたり、救急隊員が空き地で何かを探しているような気配が見えるんです。
それを見たら三人はさっき見た人影が何か関係あるんじゃないかという話になったんです。
そして三人は「ちょっと下を見てくるわ」とエレベーターで下に降りていったんです。

外に出ると警官がちょうど野次馬に話を聞いているところで、その話をコソコソと脇で聞いていると、どうやら近所の人が警官に通報したようなんです。
そしてその近所の人は偶然飛び降り自殺を目撃したと言っているようなんです。
だけれども警官が来てみると飛び降り自殺した遺体もないし血もない。
凹んでいる場所もない。
何も形跡がないんですね。

もちろん自分たちも同じような影を見ているんですが、遺体がないから警察ももうこれ以上調査したり進展の方法がないんですね。
被害者がいないんですから。
遺体がないわけですから、警察もそれ以上何も出来ず、目撃者の見間違いだということで引き上げていったんです。
その三人も何だか狐につままれたような気持ちだったんですけど、帰っていったんです。

それからしばらくして、皆の記憶からもその日のことは段々と薄れていったんです。
そんなある日、馴染みの客に連れられてはじめてのお客さんが来たんです。
その新しいお客さんはとても静かな人で、馴染みの客が自慢したり「ここは俺の店や」と言っても頷いてただ静かにお酒を飲んでいるんです。

そのスナックには似合わないというか、ママがたまに目配せをしても目をそらしてしまうような謙虚さを持っているというか、まぁこのお店にはいないタイプの人なんですね。
ママと常連客が話している中、そのお客さんは窓の下の石を見つけたようで、チラチラとその石を見ているんです。
何か気になるところがあるのか、時折石とママの顔を見比べて、逡巡しているような顔をしている。

そんな様子のお客に気づいたママは
「なんでこんなところに石があるのか気になる?」
と助け舟を出したのです。

そしたらお客さんは
「あぁそうなんです。
 なんでこんなところに石が置いてあるんだろうと気になっていたんですよね」

「面白い常連客が居て石を持ってきてくれたの。
 そしてそれからお客さんが増えて、何だかシンボル的な感じになってね」

とママも石がここにきた経緯を話したんです。
普通だったらここで「へぇそうなんだ」とか「お客さんが増えてよかったね」とかの話になるんですけども、このお客さんの様子はどうも違っていて、何だか落ち込むというか暗い表情になるんです。
そんな様子のお客さんを見てママも気を使って「こんな石の話面白くないわよね」と言って話を変えようとしたんですが、その時そのお客がためらいがちにこう言ったんです。

「ママは何も知らずにこの石を置いているんですか。
 気を悪くするかもしれないけど、思い切って本当のことを言ってもいいですか」

そうやって真顔で言うんです。

そんな真顔の表情で真面目に言うお客の顔を見てちょっとママも気が引けたんですが
「いいよいいよ、何かあるなら言って」
と言ったんです。

「この石は庭用とか観賞用の石ではないんです。
 これは間違いなく墓石ですよ」

先程の話の中で少し前に飛び降りのようなものを周りのものや常連の人が見たという話がありましたよね。
その落ちていった人は墓石に宿った無縁仏じゃないのかって話なんです。
何十年も前にこのビルで身元不明の飛び降り自殺があったそうなんですけど、もしかしたらこの石がその人の墓石だったのかもしれませんよね。 

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