予約の取れたホテル山水館 - 雲谷斎

あるサラリーマンのAさんが地方都市に出張に行って、相手の会社の担当の人と飲んでいたんです。
そうしたら結構盛り上がって遅くなってしまって、ホテルの予約も取ってないし、まずいなと思って
「じゃあ今日はここで失礼します」
と言って別れた。

駅前の方に行って観光案内所やホテルの案内所に行くんですけど何処も閉まっていて、これはまずいなと。
それで電話帳を片手に上の方に載っている大きなホテルからドンドン電話をかけていくんですけども、ホテルって十二時位になると空いていても満室だと言って断ったりするんですね。
だからなかなかホテルが見つからなくて困っていたんです。

それで大きいところはダメかなと思い、電話帳の下の方に行けば行くほど小さくて格は下がるんだけども、融通は効くかなと思い下の方からかけてみたんです。
その下の方に、山水館という旅館かホテルか分からないところがあって、そこに電話をかけてみることにしたんです。

トゥルルルルル トゥルルルルル

何回かコールしても出ないんでもう切ろうかなと思った時に相手が電話に出てくれたんです。
普通、ホテルのフロントなんかに電話するとホテルだからやっぱりキビキビとした声で応答があるはずなんですが、電話に出た声はおばさんの暗い声で、「はい、山水館です」というような感じなんです。
なんだか陰気臭そうなおばさんが出てきたなと思ったんですけども、なんせ宿を取ってないですからね。

「予約を取っていないんですけども、一部屋空いていませんかね?」
と聞いてみたんです。

そうするとおばさんはしばらく黙っていたんですけども、

「はい、お部屋をご用意できます」
と返答が返ってきたんです。

それでお礼を言ってタクシーに乗ってその場所まで行って降りて、「山水館・・・山水館・・・」と探していったら表通りじゃなく裏の方にその山水館があったんです。


そこは元は和風旅館という感じで、看板だけホテルに変えたような和風ホテルというような場所だったんです。
中に入ってみるとどんつきがフロントらしき場所で、その更に奥にフロントの人がいそうな部屋がカーテンで仕切られているんです。
中にはテレビがついているようで、カーテン越しに光が見えるので、誰かが居るんだろうなというのは分かったんです。

「先程電話したAというものなんですけども」
と声をかけると

「はい」という声がして、先程電話に出たおばさんらしき人が出てくる気配がしたんです。
カーテンをめくって出てくるんですけども、その部屋の中にはおばさんしか居ないようなんです。
他の人や従業員はもう帰った様子なんですね。

普通のホテルのようにお客様カードに自分の名前を記載して、いよいよ部屋に案内されるんです。

「お部屋に案内します。お食事はどうされますか?」

「いや、飲んでるんですけども食べてはいないので、何か簡単なものでいいんでお願いできますか?」

「分かりました、お持ちします」

それで廊下を歩いていって部屋を案内されるんですけども、どの部屋も明かりがついていなくてしんとしているんです。
お客様が居るような気配が全くないんです。
それで奥の部屋に案内されて入ったんですけども、そこは和室なんです。

あー、やっぱりホテルとは言うものの和風の旅館なんだなと思いながら、座卓について食事を待っていたんです。
しばらく待っているとおばさんがやってきて、もうほんとにまかないのような料理を持ってきたんです。

そのあまり美味しくないまかないを食べて、ビールを飲んで寝ようかなと思ったんですけども、この旅館の陰気で暗くて誰も居ないような雰囲気に逆に興味が湧いて、探検をしてみることにしたんです。

部屋を出てみると廊下は真っ暗で、常夜灯がポツンポツンとついているだけなんです。
自分のいるフロアは全て見たんですけども、部屋は全て閉まっていて物音もしない。
階段を使って上に行ってみるんですけども、そこ全く同じで人の気配が全くしないんです。

どうやらこの建物は建て増しをしているようで、廊下がくの字型に曲がっているところがあるんです。
そっちも行ってみようと思って歩きだしたらその角のところでさっきのおばさんに出くわしたんです。

「おばさん、こんなところで何をしているんですか」

「いえ、私暇ですから」

にたーっと笑ってまた歩いていってしまったんです。

(気持ち悪いな・・・暇ですからって歩き回っているのは気持ち悪いな・・・)

そう思って自分の部屋に戻って鍵をしめて寝たんです。
朝になり、自分は気づかなかっただけで、誰かが泊まっていたならフロントで出くわすかもなと思いながらフロントに行くと、フロントには誰もいないんです。

「すいません、お支払お願いします」
と言うと、またおばさんが出てきたんです。
値段はものすごい安くて、何十年も変えていないんじゃないかと思うような値段だったんですけど、それを払って宿を出たんです。

会社に戻ってからもなんだかその旅館のことが気になってAさんは控えていた電話番号にもう一度電話をかけてみたんです。
そうしたら二回ほどで相手が出て「はい、ホテル山水館です」と言うんです。
昨日とは違ったホテルマンのハキハキとした口調なんです。

「山水館ですよね?」

「はい、ホテル山水館です」

「いや、私昨日泊まった者なんですが、私が泊まったのは山水館だと思うんですけどここで大丈夫でしょうか?」

そうしたらしばらくして、ホテルマンが戻ってきて

「山水館というのは前のオーナーがしていたもので、今は取り壊してここはホテル山水館となっております」

全く同じ場所、全く同じ電話番号で旅館ではなくそこはホテルになっていて、じゃあ彼は何処に泊まったんだという話です。

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