乗れなかった電車 - 島田秀平

色々な人が行き交う駅では様々な出会いがあるそうです。
これはある男性に起こった体験談です。

その男性は当時二十代後半。
奥さんと結婚して、奥さんのお腹の中にはちょうど生まれそうな子供がいたそうです。
いつもの通り男性が会社に向かう為に電車に乗ろうとすると、腕をグッと掴まれたんです。
振り返るとそこには六十歳を越えたお婆ちゃんが居るんです。

「なんですか、話してください」

そう言ったんですが、お婆ちゃんとは思えないようなすごい力で離してくれないんです。
すると目の前でドアが閉まって行ってしまったんです。

「ちょっとなんなんですか、電車に乗れなかったじゃないですか」
と怒ると、今まで無口だったお婆ちゃんが口を開いてこう言ったんです。

「あの電車に乗ってはいけない」

お婆ちゃんが必死に言ってくるんです。

「だってお前、子供の顔が見たいだろう」

そう言うとお婆ちゃんは腕を放して人混みの中に消えていったそうです。
なんなんだよと思ったんですが、一つ腑に落ちないことがあったんです。
どうしてあのお婆ちゃんは自分にもうすぐ子供が生まれることを知っていたんだろう。
そう思いながら次の電車に乗って会社に向かったんですが、ここでとんでもないことが起こるんです。

実はさっき乗ろうと思っていた電車が、大事故に巻き込まれ、たくさんの方が亡くなってしまった。
もしもあの電車に乗っていたら、もしもあのお婆ちゃんに引き止められていなかったら。
その夜奥さんは無事に子供を出産しました。

今日の出来事をいくら奥さんに話しても信じてもらえません。
でもそのことによって彼は子供に会えたんですよね。
そのお婆さんに一言お礼が言いたいと思って彼は毎日駅でお婆さんを探すんですが、未だにそのお婆さんには会えていないそうです。

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