怪物「承」 - 師匠シリーズ

807 :怪物 起「承」転結   ◆oJUBn2VTGE:2008/07/10(木) 20:54:08 ID:lK8rj6z40

怖い夢を見ていた気がする。 
朝の光がやけに騒々しく感じる。 
天井を見上げながら、両手を頭の上に挙げて伸びをする。自分が嫌な汗を掻いていることに気づく。 
掛け布団を跳ね除けて身体を起こす。 
夢の残滓がまだ頭の中に残っている。 
現実の眼は閉じられていたのに、視覚情報として記憶に刻み込まれた夢の光景。
今まで不思議だとは思わなかったのに、今日はそれが酷く奇妙なことに思えた。

夢の中で私は、やけに暗い部屋に一人でいる。 
散らかった壁際に、じっと座ってなにかを待っている。 
やがて外から足音が聞こえて、私は動き出す。玄関に立ち、ドアに耳をつけて息を殺す。 
足音が下から登ってくる。
私はその足音が母親のだと知っている。 
やがてその音がドアの前で止まる。ドンドンドンというドアを叩く振動。 
背伸びをして、チェーンを外す。そしてロックをカチリと捻る。 
ドアが開けられ、私はその向こうに立っている人間に、話しかけることも、笑いかけることも、耳を傾けることもしなかった。 
ただ、月だけがその背中越しに冴えている。 
そして血飛沫が舞って、私の視界を真っ赤に染める。 
世界がたったの一つの色になる。 
母親は崩れ落ち、もう呼吸をしなくなる…… 

「うああ」 
ベッドのシーツを握り締めながら、思わずそんな声が出た。自分でも驚いた。
それは恐怖心を身体の内側から逃がすための、自己防衛本能だったのかも知れない。 

すぐに冷静になる。 
生々しい夢だった。母親とは最近衝突することが多いが、まさか殺してしまう夢を見るなんて。 
これが私の潜在意識の底にある願望なのだろうか、と思うと寒気がしてくる。
この間からずっと見ていた怖い夢は、この夢だったのだろうか? 
壁のカレンダーを見る。
木曜日。今日も学校がある。憂鬱だ。 
そのころになって、ようやく窓の外の音に気がついた。遠くで釘を打っているような音。
いや、ハンマーで杭を叩いている音か。どちらにしても耳障りだ。 
イライラとしながら服に着替える。母親が起こしに来る前に。 
今日もスズメの鳴き声は聞こえない。かわりの朝のリズムがこんな不快な音だなんて。 
そのせいであんな夢を見たのだろうか。
そうだったらまだいい。 
その日の朝の食卓は気まずかった。 

学校へ向かう途中、私はどこで工事をしているのかと思い、音を頼りにキョロキョロとしていたが、出処は判然としなかった。
やがてその耳障りな音も途絶える。
こんな平日の朝早くから迷惑だな。 
その時はまだその程度に思っていただけだった。 

遅刻寸前で教室に滑り込んだ直後のホームルーム中、先生が意外なことを言った。 
「昨日は変な一日だったなぁ。新聞見たか。あれ、近所なんだよ」 
石の雨のことだ。そう思ったけれど、そのすぐ後に先生はボソリと言った。 
「木がなあ……」

木?
首を傾げていると、さっさと話題を切り上げて先生は教室を出て行った。 
1時間目が始まる前に、出来るだけ情報収集する。
いつもはあまりクラスメートと会話をしない私だが、なりふり構っていられない気分だった。 
すぐにさっき先生が言っていたのが、昨日の夕刊ではなく今日の朝刊だったことが分かる。 
しまった。読んでいなかった。母親に怒られてでも食べながら読めば良かった。 

話を総合するに、どうやらこんなことがあったらしい。 
昨日の夜9時過ぎ、市内の住宅地の道路沿いの並木が、
15メートルに渡って何者かに掘り返され、根っこごと引っこ抜かれて、その場に転がされているのを、
通りがかった住民によって発見された。
付近の住民によると、夜9時前には間違いなく並木はいつも通り揃っていたらしい。
わずか数十分で6本もの成木を土から引っこ抜くとなると、重機でもなければ不可能だろう。
それが、周辺住民の誰もそんな騒動に気づかなかったというのだ。 
いったい誰が?という疑問とともに、どうやって?という点も大きい。 
そして何故?
けれど私がもっと驚いたのは、次の休み時間だった。 

チャイムが鳴った後、教室中で交換される情報に耳をそばだてていた私は、
この街で昨日起こったことが、石の雨や並木の事件だけではなかったことを知った。 
市民図書館の本棚の一つから収められていた本がいきなりすべて飛び出して、床中に散乱した事件。 
天井からぶらさがったガソリンスタンドの給油ホースが、風もないのに大揺れをして、1時間近く給油できなかった事件。
アーケード内の大時計の短針と長針が、何もしていないのにぐるぐると高速で回り続けた事件。

駅前のビルが原因不明の停電に襲われ、その後フロアごとにでたらめな照明の点滅を繰り返したという事件。 
どれも不思議な出来事ばかりだ。
一つ一つを取ると、『不思議だね』という言葉で終わってしまい、1ヶ月もすると忘れられる程度の噂話なのかも知れない。
けれど、そのどれもが昨日のたった一日で起こったのだと考えると、薄ら寒くなってくる。 

3時間目の休み時間には、私も自然な風を装ってクラスメートたちの噂話の輪に入り込む。 
そのグループでは、情報通の親から仕入れたらしい噂を、興奮気味に話す子が中心になっていた。 
「そのコンビニが凄かったらしいよ。
 誰も触ってないのにアイスのボックスのカバーが開いたり、電気がいきなり消えたり、勝手にシフトが動いたり、
 なんにもしてないのに、棚の雑誌がパラパラめくれたりしたらしいよ」 
シフトは関係ないだろうと思いながら聞いていたが、なんだか段々と内容が扇情的になってきている気がする。
どこまでが本当なのか分からない。 

昼休みには、いつもよりゆっくりお弁当を食べながら、複数のグループのお喋りに耳を尖らせていた。 
「あとさぁ。今日の朝、なんか変な音がしてたんだよね」 
そんな言葉にピクリと反応する。 
喋ったその子にお箸を向けて、
別の子が「あ、あたしの近所も。どっかで朝っぱらから工事してんのよ。騒音公害よね」と言った。 
私の中にインスピレーションが走り、席を立つ。そして、校内に一つだけある公衆電話に早足で向かった。 

電話の周囲にはほとんど人がいない。何故か分からないが、あまり目立ちたくなかったので好都合だ。 
備え付けの電話帳で、市役所の番号を探す。

どこが担当なのか分からないので、代表番号に掛けて内容を告げる。
『内線でお繋ぎします』という言葉のあと、保留音をたっぷり聞かされてから、ようやく電話の相手が出た。
聞きたいことを単刀直入に話す。苛立ったような声が返ってきた。
『あのですね。今、市内でそんな公共工事はやっていません。
 じゃあ民間企業の騒音公害だって言われても、
 それがどこでやってるのかもわからないじゃ、注意のしようもないでしょう? 
 朝からなんなんですかいったい』
聞きもしないことまで返ってきた。そして電話は切られる。思わず時計を見るが、12時を回っている。
ということは、朝からとは、別の人からの電話のことらしい。 
それも、1件や2件ではなさそうだ。
分かったことは、市内の恐らく複数の場所で、工事をするような音が聞こえているということ。
しかも、どこで行われているのか誰にも分からない工事が。 
いったい、これはなんだ?
なにかが私たちの周囲で起こりつつあるのに、それがなんなのか未だに分からない。 
ただ、すべてが見えない糸で繋がっていることだけは分かる。 
鳴かないスズメ。思い出せない怖い夢。落ちてくる石。引き抜かれる並木。音だけの工事。
街中で起こった奇妙な出来事。
表面の手触りに騙されてはいけない。本質から眼を逸らしてはいけない。 
公衆電話の前で私の心は静かになっていった。 
廊下へ向けて歩き出す。
あいつはいるだろうか。
会わなくてはいけない。そして聞かなくては。 

すれ違う女子学生たちと、私は同じ服を着ている。
彼女たちは教材を抱いている。もたれるように笑いあっている。パンと牛乳を持って歩いている。
私は教室へ急いでいる。
けれどそこには明らかな断絶がある。
それは、私自身が一方的に作ってしまった断絶なのかも知れない。
でも、その断絶を心地よく感じている自分がいる。 
同じ噂を聞いているのに、私だけは日常から足を踏み外している。 

探ろうとしているのだ。次に起こることを。そして、どう備えるべきかを。 
自嘲気味に笑った瞬間を、廊下の向こうから来た女子に見られ変な顔をされる。
見たことがある子だ。同じ1年生だろうか。また怖がられるな。
案外とウジウジしたことを考えている自分に気づき、軽く頬を張る。

その教室についた時、廊下側の窓際でお喋りをしている数人の女子がいた。 
その中の一人に遠目から話しかける。
「石川さん、あいつ、今日来てる?」 
その子はこちらをチラリと見て、人差し指を教室に向ける。
私は「ありがとう」と言って、教室のドアに手をかけた。 
自分のクラスではないが、このところココへ来ることが増えつつある気がする。 
教室の中は、どこにでもあるようなざわざわとした空気が満ちていたが、
明らかに異質な雰囲気が隅の方の一角から漂っている。
説明しがたいが、眼に見えない透明な泡がその辺りを覆っているような感じがする。 
このクラスの連中は、みんなこれに気づいているのだろうか。 
その泡の中心に、氷で出来たような笑みを表情に張り付かせた短い髪の女が座っている。 
間崎京子という名前だ。
教室に入ってきた私に気づいたのか、周囲にいた数人の子に何事かを告げて席から離れさせたようだ。 
取り巻きができつつあるというのは本当らしい。
この油断ならない女の、どこにそんな魅力があるのか分からない。 
「聞きたいことがある。ちょっと出られるか」 
なにか意地の悪い軽口でも出そうな気配だったが、意外にも彼女は頷いただけで立ち上がった。 

そして、ドアに向かうため踵を返そうとした私の顔の近くで、「やっとデートに誘ってくれたわね」と言う。 
やっぱり出た。
ムカッとしながら、それを無視してさっさと教室から出る。
私たちは非常口の外の階段まで歩いた。 

風が首筋を吹き抜け、空から夏の陽射しが降り注いでくる。他に人はいない。 
「で」 
間崎京子は手すりに身を寄せて地面を見下ろした後、顔をこちらに向ける。 
「知っていることを全部話せ」
「……唐突ね」
さして驚いた様子もなく、京子はニコリと笑う。 
私はこの女と腹の探り合いをすることの面倒さを考慮して、こちらが知っていることをすべて並べ立てた。 
本を買って調べた『ファフロツキーズ』のことまで。 
彼女はそれを面白そうに聞きながら、ワザとらしい動きで顎を右手の親指と人差し指で挟む仕草をする。 
「不思議ね」
「それだけか」
この何もかも見通しているような女が、街に起こりつつある異変を察知していないはずはない。 
「不思議ね、と言うだけで満足する人たちのようにはなれないのね。あなたは」 
まるで100点を取った子どもを褒めるような口調だった。
そうして京子は視線を逸らし、遠くの街並みに目を向ける。
つられて私も、初夏の陽射しを照り返して浮かび上がる建物の屋根に目を細める。 
「たいしたことじゃないけど、『ファフロツキーズ』って、チャールズ・フォートの言い出した言葉じゃないわ。
 アイバン・T・サンダーソンの命名よ」 

京子は街を見下ろしたまま淡々と言った。 
「チャールズ・フォートこそ、『ファフロツキーズ』という言葉に振り回された人間だったのかも知れない。
 空から落ちてきた物を、すべて一つの概念にまとめようというのが、どれだけ無謀なことだったか、
 なんとなく分かるでしょう?」 
前から思っていたが、こいつはなんでこんなに偉そうな物言いをするのだろう。 
「あなたも一度、その『ファフロツキーズ』という言葉を捨てて、考えてみたらどうかしら」 
その問いかけは単純な忠告なのか、それとも、この異変の正体を知った上で私に与えているヒントなのか。 
私は京子の横顔を睨みつける。
「もうすぐチャイムが鳴るね」
京子は手すりから手を離し、私に向き合った。 
「クイズ」
「は?」
「クイズを出すからよく聞いてね」 
相変わらず唐突だ。思考を読めない。 
「朝は4本足、昼は2本足、夜は3本足。これは何?」 
「……人間」 
「じゃあ、道行く人にその謎を出して、答えられなかった人を食べちゃう怪物は?」 
「スフィンクス」
「さすがね。では、そのスフィンクスとキマイラとの共通点は?」 
キマイラというのはあれか。ライオンの頭と山羊の身体を持つ怪物のはずだ。
片やライオンの胴体、片やライオンの頭部を持っている。それが共通点だろうか。 
「じゃあ、それらとスキュラの共通点は?」
スキュラ?
とっさに姿が浮かばなかったが、なんとか記憶を掘り返すと、
どうやら、上半身が女で下半身が犬という、怪物だったような気がする。 

スフィンクス、キマイラ、スキュラの共通点。なんだろう。少し考える。 
「……身体が、2種類以上の生物で構成された化け物」 
「なるほど。じゃあそこにケルベロスを加えると?」 
ケルベロスは首が3つある地獄の門番だ。2種類以上の生物がくっついてはいなかった気がする。 
「分からない?じゃあヒュドラも加えてみて」 
ヒュドラはヤマタノオロチみたいなやつだったはずだ。ケルベロスのように首が複数ある。
でもスフィンクスやキマイラは首が複数ではない。スキュラは下半身の犬が何匹かに分かれていたようだが。 
「分からないのね。じゃあこれが最後。オルトロスも加えて、すべての共通点を探してみてね」 
チャイムが鳴った。
その音と同時に京子はスカートを翻し、手の平を振りながら立ち去ろうとした。 
「待て。なにを知っている?」 
掴もうとした手を京子は避けなかった。けれどその手は空を切る。
まただ。何故だか分からないが、この女には暴力的な力が通じない。
私の意識下に『それをしては負けだ』という、強迫観念が働いているのだろうか。 
「クソッ」
苛立つ私を冷ややかな目で見つめ、京子は軽く会釈をしてから非常口を出て行った。 
怪物たちの共通点だと? 
次から次に宿題が増えていく。 
がんっ 
ドアを蹴る音が、思ったより大きく響いた。 

その日の放課後、私は市内の図書館に足を運んだ。
始めは、どこかでおかしなことが起きてはいないかと街なかを散策していたが、
なにも起きるような気配はないし、そもそも目星もなく歩き回るのは無駄な労力だと思い至ったのだ。 
かわりに、間崎京子が出した謎の答えを探りたかった。
答えを見つけたとしても、なんの意味もないのかも知れないが、
要は白旗をあっさりと揚げるにも、私のささやかな自尊心がそれを許してくれないのだった。 

図書館に着くと、私は必要な資料を片っ端から書棚から引き抜いて来て、テーブル席に陣を張る。 
まず私はオルトロスという怪物を調べた。こいつだけよく知らない名前だったからだ。 
資料によると、オルトロスはケルベロスの弟で、首の二つある犬の姿をしているらしい。
兄は三つ首。弟は二つ首か。その下の弟がいれば、首は一つだろうかと考える。 
首が一つの犬だとしたら、それではただの犬だな。
苦笑して図鑑を閉じる。
犬か。スキュラの下半身も犬だったな。 
そう思いながら別の本を開く。
スキュラは上半身が女性で、下半身に6体の犬が生えている挿絵つきで説明されている。 
近くにあったヒュドラについての図説も確認した後、ケルベロスの項を開く。 
ケルベロスは3つ首の魔犬と紹介されているが、竜の尾を持っているとも書いてあった。 
なんだ、ケルベロスも、2種類以上の生物で構成された、合成獣としての要素を持っているじゃないか。 
いやしかし、ヒュドラにはそんな記述はない。
別の本を何冊か開いたが、やはりヒュドラは多頭の蛇という以外に、別の生物の要素を持ってはないようだ。 
分からない。共通点はなんだ?

イライラして、机をトントンと指先で叩く。
向かいの席で参考書を所狭しと広げている学生が睨みつけてくる。
反射的に睨み返すと、学生は驚いた様子であっさりと目を逸らす。勝った。 
少し気を良くして、スフィンクスに関する本の頁を開く。 
ピラミッドのそばに鎮座している、王の顔にライオンの身体という見慣れた姿ではなく、
女性の顔と胸、そしてライオンの胴体に鷲の翼を生やした、怪物の挿絵が目に入った。 
おや?と思って詳しく説明を読むが、ギリシャ神話に出てくるスフィンクスはこういうものらしい。
例の4本2本3本と移り変わる足の謎かけは、
このスフィンクスがオイディプスに対して問いかけた、というエピソードに基づくようだ。 
なんとなく子どものころからのイメージで、
砂漠を旅する人に、あの石でできたスフィンクスが謎かけを挑んで来るように思っていたが、違ったらしい。 
そう考えると、おぼろげながら共通点が見えた気がする。 
スフィンクス、キマイラ、スキュラ、ヒュドラ、ケルベロス、オルトロスと、すべてギリシャ神話に登場することになるのだ。
だがそんな大雑把な共通点が分かったところで、焦点がぼけすぎてなにも見えてこない。 
もう一度それぞれの説明を読み返す。
いくつか同じ固有名詞が出てきている。
同じ英雄に倒されたのかとも思ったが、ヘラクレスが3匹ほどやっつけているものの、あとは別の英雄の仕事だった。
しかし、すぐに別の固有名詞が、重複して出てくることに気づく。 
『ケルベロスは、テュポーンとエキドナの子である』 
『キマイラは、テュポンとエキドナの娘であり、ペガサスを駆るベレロポンに退治された』 
……etc.
どれも巨人テュポンと、下半身が蛇の女の怪物エキドナが、作った子どもたちばかりなのだ。
スキュラをその両者の子とするのは異説のようだが、確かにそんな解説をする本もあった。
だが、スフィンクスの解説で手が止まる。 

スフィンクスは、テュポンとエキドナの娘とする説もあるが、
エキドナが我が子オルトロスとの間に作った娘である、とする説の方が一般的なようだ。 
私は本を閉じ、背中を反らせて、図書館の高い天井を見上げた。 
そこから導き出される共通点は、こうだ。 
『6体の怪物はすべて、エキドナから生まれた』 
これが答えだろう、間崎京子。
紙をめくる乾いた音が周囲から響いている。
深いもやがかかっていた頭が、ほんの少しだけクリアになった気がする。 
『共通点を探してみてね』と、あの時あいつは言った。 
そして、その謎掛けの答えから、あの女のメッセージが浮かび上がってくる。
氷細工のような顔の口元がイメージの中で滑らかに動き、私をそれを読み取る。 
『エキドナを探せ』
溜息をついた。なんて回りくどいんだ。 
あの女に次会った時には、なんとかして殴ってみようと思った。 

その時、静かだった館内にちょっとした騒ぎが起こった。 
立ち上がって駆け寄ると、私がさっきまで本を漁ってた書棚から、大量の本が落下して床にぶちまけられている。
近くにいたらしいパーマ頭のおばさんが狼狽して、自分じゃないとしきりに訴えている。 
係りの人間が飛んで来て、本を拾い始めた。
その人の「いい加減にしてくださいよ」という、誰にぶつけていいのか分からないようなうんざりした声を、私は確かに耳にした。

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