超能力 - 師匠シリーズ

941 :超能力  1/9:2006/02/22(水) 23:45:38 ID:CqBHiC0Y0

大学時代、霊感の異常に強いサークルの先輩に会ってから、やたら霊体験をするようになった俺は、
オカルトにどっぷり浸かった学生生活を送っていた。
俺は一時期、超能力に興味を持ち、ESPカードなどを使って、半ば冗談でESP能力開発に取り組んだことがあった。
師匠と仰ぐその先輩はと言えば、畑違いのせいか超能力なんていうハナシは嫌いなようだった。 
しかし、信じてないというわけではない。
こんなエピソードがある。 

テレビを見ていると、日露超能力対決!などという企画の特番をやっていた。 
その中で、ロシア人の少女が目隠しをしたまま、箱に密封された紙に書かれている内容を当てる、という実験があった。
ようするに透視するというのだ。
少女が目隠しをしたあとで芸能人のゲストが書いたもので、事前に知りようがないはずなのに、
少女は見事にネズミの絵を当てたのだった。 
しかし、テレビを見ていた師匠が言う。 
「こんなの透視じゃない」 

目隠しがいかに厳重にされたか見ていたはずなのに、そんなことを言い出したので、
「どういうことです?」と問うと、真面目くさった顔で「こんなのはテレパスなら簡単だ」。
意表をつかれた。
ようするに、精神感応(テレパシー)能力がある人間なら、
その紙に書いたゲストの思考を読めば、こんな芸当は朝飯前だというのである。 
どんなに厳重に目隠しをしようと、箱に隠そうと、それを用意した人間がいる限り中身はわかる。 
師匠は、
「テレビで出てくるような透視能力者はすべてインチキで、ちょっとテレパシー能力があるだけの凡人だ」と言った。
『テレパシー能力のある凡人』という表現が面白くて笑ってしまった。 
師匠はムッとしたが、俺が笑い続けているのは他に理由があった。 
ロシア人の少女の傍に立つ通訳の男をよく知っていたからだ。 

インチキ超能力芸で何度も業界から干された、その筋では有名な山師だ。
俺は今回の透視実験のタネも知っている。
時々「続けて大丈夫か」というようなことを言いながら少女の身体に触る、
その触り方で、絵の情報を暗号化して伝えているのだ。以前雑誌で読んだことのある、彼のいつもの手口だった。
松尾何某がそこにいれば、『通訳にも目隠しさせろ』などと意地悪なことを言い出すところである。 
俺はあえて、この少女をテレパスだと信じている師匠に、この特番の裏を教えなかった。 
なんだかかわいらしい気がしたから。

そんなことがあった数日後、師匠が俺の下宿を訪ねてきて、「今日はやりかえしに来た」と言う。 
あの番組のあと、雑誌やテレビでインチキが暴露されてちょっと話題になったから、師匠の耳にも入ったらしい。
俺が知っていてバカにしていたことも・・・
俺は嫌な予感がしたが、部屋に上げないわけにはいかない。 
師匠はカバンから厚紙で出来た小さな箱を二つだし、テーブルの上に置いた。 

「こちらを箱A、こっちを箱Bとする」
同じような箱に、マジックでそう書いてある。 
なにが始まるのかドキドキした。
「Aの箱には千円、Bの箱には1万円が入っている。この箱を君にあげよう」 
ただし、と師匠は続けた。
「お金を入れたのは実は予知能力者で、
 君がABどちらか片方を選ぶと予知していたら、正しく千円と1万円を入れている。
 しかし、もし君が両方の箱を選ぶような欲張りだと予知していたら、Bの箱の1万円は入れていない」
さあ、どう選ぶ?
そう言って、選択肢をあげた。 
「1箱Aのみ
 2箱Bのみ
 3箱AB両方
 おっとそれから、
 4どちらも選ばない」 

どういうゲームかよく分からないが、頭を整理する。 
ようするに、Bだけを選んだらちゃんと1万円入ってるんだから、2の『箱Bのみ』が一番儲かるんじゃないだろうか。
師匠は嫌らしい顔で、「ほんとにそれでいいのぉ?」と言った。 

ちょっと待て、冷静に考えろ。 
「その予知能力者は、本物という設定なんですか」 
肝心なところだ。 
しかし師匠は、「質問は不可」というだけだった。
目の前を箱を見ていると、
『そこにあるんだからいくら入ってようが両方もらっといたらいいじゃん?』
と、俺の中の悪魔がささやく。
『待って待って、予知能力が本物なら両方選べばBはカラ。Aの千円しか手に入らないぞ?』
と、俺の中の天使がささやく。
『予知能力が偽者ならどうよ?
 そう予知してBにお金を入れなかったのに、実際はBだけを選んでしまったらもうけは0円だぞ』
と悪魔。 
そうだ。だいたい予知能力というのがあやふやだ。 
目の前にあるのに、その箱の中身がまだ定まっていないというのが、実感がわかない。 
お金を入れる、という行為はすでに終わった過去なのだから、
今から俺がどうしようが箱の中身を変えることは出来ない、という気もする。 
じゃあ、3の箱AB両方というのが最善の選択なんだろうか。 

「さん」と言い掛けて、思いとどまった。
これはゲームなのだ。所詮、師匠が用意したものだ。あやうく本気になるところだった。 
たぶん、3を選ばせておいて箱Bは空っぽ、「ホラ、欲をかくから千円しか手に入らないんだ」と笑う。 
そういう趣向なのだろう。
なんだか腹が立ってきた。
2のBだけを選んでおいて、『片方しか選んでないのに、1万円入ってないぞ』とゴネることも考えた。 
しかし3の『両方』を選んでおけば、最低でも千円は手に入るのだから、
次の仕送りまでこれで○千円になって・・・と、生活臭あふれる思考へと進んでいった。 
すると師匠が「困ってるねえ」と、嬉しそうに口を出してきた。 
「そこで、一つヒントをあげよう。
 君がもし透視能力、もしくはテレパシー能力の持ち主だったとしたらどうする?」 
きた。また変な条件が出て来た。
予知能力という仮定の上にさらに別の仮定を重ねるのだから、ややこしい話になりそうだった。 

そんな顔をしてると、師匠は「簡単簡単」と笑うのだった。 
「透視ってのは、ようするに中身を覗くことだろう?だったら再現するのは簡単。
 箱の横っ腹に穴を開けて見れば、立派な透視能力者だ」 
「ちょ、そんなズルありですか」と言ったが、
「透視能力ってそういうものだから」
そっちがOKなら全然構わない。 
「テレパシーの方ならもっと簡単。入れた本人に聞けばいい。頭の中を覗かれた設定で」 
なんだかゲームでもなんでもなくなってきた気がする。 
「で、僕は超能力者になっていいんですか?」 
「いいよぉ。ただし、透視能力か、テレパシーかの2択。
 と言いたいところだけど、テレパシーの方は入れた本人がここにいないから、遠慮してもらおうかな」 
本人がいない?嫌な予感がした。 

「もしかして、彼女が絡んでますか?」と問うと頷き、「僕も中身は知らない」と言った。 
俺は青くなった。
師匠の彼女は、なんといったらいいのか、異常に勘がするどいというのか、
予知まがいのことが出来る、あまり関わりたくない人だった。 
「本物じゃないですか!」 
俺は目の前の箱から思わず身を引いた。 
ただのゲームじゃなくなってきた。 
仮に、もし仮に、万が一、百万が一、師匠の彼女の力がたまたまのレベルを超えて、
ひょっとしてもしかして本物の予知能力だった場合、これってマジ・・・? 
俺は今までに何度か、その人にテストのヤマで助けてもらったことがある。 
あまりに当たるので、気味が悪くて最近は喋ってもいない。 
「さあ、透視能力を使う?」
師匠はカッターを持って箱Bにあてがった。 
「ちょっと待ってください」 
話が違ってくる。というか本気度が違ってくる。 
予知能力が本物だとした場合、
両方の箱を選ぶという行為で、Bの箱の中身が遡って消滅したり現れたりするのだろうか? 
それとも、俺がこう考えていることもすべて込みの予知がなされていて、
俺がどう選ぶかということも完全に定まっているのだろうか。 

「牛がどの草を食べるかというのは完全には予測出来ない」 
という、不確定性原理とかいうややこしい物理学の例題が頭を過ぎったが、よく理解してないのが悔やまれる。 
俺が苦悩しながら指差そうとしているその姿を、過去から覗かれているのだろうか? 
そして俺の意思決定と同時に、箱にお金を入れるという、不確定な過去が定まるのだろうか? 
その『同時』ってなんだ?
考えれば考えるほど恐ろしくなってくる。
人間が触れていい領域のような気がしない。 
渦中の箱Bは、何事もなくそこにあるだけなのに。 
そして、その箱を選ぶ前に中を覗いてしまおうというのだから、なんだか訳がわからなくなってくる。 

俺は膝が笑いはじめ、脂汗がにじみ、捻り出すように一つの答えを出した。 
「4どちらも選ばない、でお願いします」 
師匠はニヤリとして、カッターを引っ込めた。 
「前提が一つ足りないことに気がついた? 
 片方を選ぶ場合はそれぞれにお金を入れ、両方を選ぶ場合はAにしか入れない。 
 じゃあ、どちらも選ばないと予知していた場合は?
 決めてなかったから、僕もこの中がどうなっているのか分からないんだなぁ」
師匠はそう言いながら、無造作に二つの箱をカバンに戻した。
俺はこの人には勝てないと思い知った。

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