雨 - 師匠シリーズ

934 :雨   1/7:2006/02/22(水) 23:37:54 ID:CqBHiC0Y0

大学1回生の夏ごろ。 
京介さんというオカルト系のネット仲間の先輩に、不思議な話を聞いた。 
市内のある女子高の敷地に夜中、一箇所だけ狭い範囲に雨が降ることがあるという。 
京介さんは地元民で、その女子高の卒業生だった。 
『京介』はハンドルネームで、俺よりも背が高いがれっきとした女性だ。 
「うそだー」と言う俺を睨んで、「じゃあ来いよ」と連れて行かれた。 

真夜中に女子高に潜入するとはさすがに覚悟がいったが、
建物の中に入るわけじゃなかったことと、セキュリティーが甘いという京介さんの言い分を信じてついていった。

場所は校舎の影になっているところで、もとは焼却炉があったらしいが、今は近寄る人もあまりいないという。 
「どうして雨が降るんですか」と声をひそめて聞くと、
「むかし校舎の屋上から、ここへ飛び降りた生徒がいたんだと。
 その時飛び散って地面に浸み込んだ血を、洗うために雨が降るんだとか」
「いわゆる七不思議ですよね。ウソくせー」
京介さんはムッとして足を止めた。
「ついたぞ。そこだ」
校舎の壁と敷地を囲むブロック塀のあいだの寂しげな一角だった。暗くてよく見えない。
近づいていった京介さんが「おっ」と声をあげた。 
「見ろ。地面が濡れてる」 

僕も触ってみるが、たしかに1メートル四方くらいの範囲で湿っている。
空を見上げたが、月が中天に登り雲は出ていない。
「雨が降った跡だ」 
京介さんの言葉に釈然としないものを感じる。 
「ほんとに雨ですか?誰かが水を撒いたんじゃないですか」 
「どうしてこんなところに」 
首をひねるが思いつかない。 
周りを見渡してもなにもない。敷地の隅で、とくにここに用があるとは思えない。 
「その噂を作るためのイタズラとか」
だいたい、そんな狭い範囲で雨が降るはずがない。 
「私が1年の時、3年の先輩に聞いたんだ。『1年の時、3年の先輩に聞いた』って」 
つまり、ずっと前からある噂だという。 

目をつぶって、ここに細い細い雨が降ることを想像してみる。 
月のまひるの空から、地上のただ一点を目がけて降る雨。 
怖いというより幻想的で、やはり現実感がない。 
「長い期間続いているということは、つまり犯人は生徒ではなく教員ということじゃないですか」 
「どうしても人為的にしたいらしいな」
「だって、降ってるとこを見せられるならまだしも、これじゃあ・・・ 
 たとえば残業中の先生が、夜食のラーメンに使ったお湯の残りを窓からザーッと」 
そう言いながら上を見上げると、黒々とした校舎の壁はのっぺりして、窓一つないことに気づく。 
校舎の中でも端っこで、窓がない区画らしい。

雨。雨。雨。 
ぶつぶつとつぶやく。
どうしても謎を解きたい。 
降ってくる水。降ってくる水。 
その地面の濡れた部分は、校舎の壁から1メートルくらいしか離れていない。 
また見上げる。
やはり校舎のどこかから落ちてくる、そんな気がする。 
「あの上は屋上ですか」 
「そうだけど。だからって誰が水を撒いてるってんだ」 
目を凝らすと、屋上の縁は落下防止の手すりのようなもので囲まれている。 
さらに見ると、一箇所、その手すりが切れている部分がある。この真上だ。 
「ああ、あそこだけ何でか昔から手すりがない。だからそこから飛び降りたってハナシ」 
それを聞いてピーンとくるものがあった。 

「屋上は掃除をしてますか?」 
「掃除?いや、してたかなあ。つるつるした床で、いつも結構きれいだったイメージはあるけど」 
俺は心でガッツポーズをする。
「屋上の掃除をした記憶がないのは、業者に委託していたからじゃないですか」 
何年にも渡って月に1回くらいの頻度で、放課後生徒たちが帰った後に派遣される掃除夫。
床掃除に使った水を不精をして屋上から捨てようとする。
自然、身を乗り出さずにすむように、手すりがないところから・・・ 
「次の日濡れた地面を見て、噂好きの女子高生が言うんですよ。『ここにだけ雨が降ってる』って」 
僕は自分の推理に自信があった。幽霊の正体みたり枯れ尾花。
「お前、オカルト好きのくせに夢がないやつだな」 
なんとでも言え。
「でも、その結論は間違ってる」 
京介さんはささやくような声で言った。 

「水で濡れた地面を見て小さな範囲に降る雨の噂が立った、という前提がそもそも違う」 
どういうことだろう。
京介さんは真顔で、「だって、降ってるところ見たし」。
僕の脳の回転は止まった。先に言って欲しかった。 
「そんな噂があったら、行くわけよ。オカルト少女としては」 
高校2年のとき、こんな風に夜中に忍び込んだそうだ。
そして、目の前で滝のように降る雨を見たという。 
「水道水の匂いならわかるよ」と京介さんは言った。 
俺は膝をガクガクいわせながら、
「血なんかもう流れきってるでしょうに」 
「じゃあ、どうして雨は降ると思う」 
わからない。

京介さんは首をかしげるように笑い、
「洗っても洗っても落ちない血の感覚って、男にはわかんないだろうなあ。
 その噂の子はレイプされたから、自分を消したかったんだよ」 
僕の目を見つめてそう言うのだった。

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