濡れた人形

私の友人に、有名な神社の行司さんが居るんですけどね。
この神社というのが、神話にも出てくるくらい歴史の古い神社なんですよね。

それで人形神社としても大変有名でしてね。
日本の各地から人形が寄せられてくるんですよね。
例えば代々伝わる人形なんですが、もうだいぶ傷みが出ています。
直したいんですけどももういま職人さんがいない。
座敷に並べると大変大きなものですから、場所をとってしまうので
箱に入って押入れに入れたままなんです。

かと言って代々大事にしたものを捨てるわけにもいかない。
それで押入れにしまったままにしておくのあまりにも可哀想なので、よろしくお願いします。

とかね。

亡くなった娘が大変可愛がっていた人形なんです。

私が大事に面倒を見てきたんですが、何分だいぶ高齢なものですから、いつまでこの人形の面倒を見れるかわかりません。
人に上げるというのも人形が可哀想なので、どうぞ面倒を見てやってください。
というような具合でどんどん人形が集まってくるわけです。

で人形というのはやはり作る人がね、魂を込めて作るわけですよね。
それで人形を買い求めて家に持って帰った。
その人はその人形を大事にするわけですよね。
まるでその人形が家族か自分の恋人か例えば自分の妹だったりするわけですよ。
そういう想いがある。
家族の一員になってしまうのかな。
だから人の心の魂というものが人形に染みこんでいくらしいんですよね。

その宮司さんのお父さん、先代の宮司さんなんですがね、
もうお亡くなりになってますけど、この方がご健在の時に私に話をしてくれたんですよ。
というのは神社で皆さんがお参りしますよね。
その並びの板の間のところに三十四十体の人形がずらっと並んでいるんですがね、
これが実に見事なんですよ。
大きい人形は子供ほどあるんですがね、綺麗な黒髪をしていてね、立派ないい着物を着ているんですよ。
顔がとっても可愛いんだ。ですから来た方はみんな人形を見ていくんですよね。
でそんな折なんですがね、まぁ今日は参拝のお客さんももう居ないし、暗くなったんで板戸を閉めるんですよね。
これはいつも先代さんがやっていらっしゃった。
ある日何かの用事でもって、夜中にその部屋の前を通ったって言うんですよ。
するとぼそぼそぼそぼそ声がするんで、?と思って誰が何処で話をしているんだろう?
家のものはもう寝てますからね。
それにしても随分何人もお話しているような感じで、そのうちどうもそれは人形が居る部屋から聴こえてくるって言うんですよ。
あれちょっとおかしいな?気になったものですから中の様子を伺った。
すると女の子の声なんでしょうかね、言ってることは分からないんですけどね
ざわざわざわざわしている。
それ聴いて稲川さん、私ゾーッとしましたよ。
どうやら人形というのはお互い話をしているんですね。
言ってることは分からないんですけどね、何となく私が感じたのは
どうも人形というのは自分の生い立ちなんぞを話しているみたいですよ。
という話をしてくれましたね。

ほんとそうなのかもしれませんよね。

それで話をまた戻しますけどね、
この神社というのは安産と婦人病にご利益があるというので
ご婦人方が随分とお見えになるんですよ。
それでその折なんですが、人には言えない秘密の話、場合によっては懺悔だったりするんですが
その話を宮司さんにしていくんですよね。
それで宮司さんにそれなりの答えを頂いて帰っていくんですよ。

そんな時なんですがね、結婚したての若い奥さんがいらして、
「あの、とっても気になることがあるんです」
「なんでしょう?」って聞きましたらば、それはね、この奥さんが夜中に大変にうなされた。
それに気がついた隣に寝ていた旦那さんがうなされ声で起きた。
見ると奥さんはぐっしょりと汗をかいてうなされているんで
「おいどうしたんだよ!おい!おい!おい大丈夫か?」
って言ったら、奥さんが起きた。

あぁ怖い夢を見た・・・。

それで旦那さんが「おい一体どんな夢を見たんだ?」って言ったので
奥さんが「全身ぐっしょりと濡れた裸の人形が、枕元に立って私をじーっと睨んでた・・・」
すると旦那さんの顔がみるみる青ざめてきた。
それで旦那さんが「それなぁ・・・人形じゃないぞ・・・俺の妹だよ」
奥さん「え?あなたに妹さんが居たなんて、初めて聞いたけど」
旦那さん「あぁ、小さい時にな、風呂場の浴槽で死んだんだよ・・・」
奥さん「へぇ、何で死んだの?」

とたんに旦那がガタガタガタガタ震えだして、
旦那さん「・・・死ぬとは思わなかったんだよ」

一体何でしょうかねって聞かれたもんですからね、答えようが無いんで
人形というのは非常に寂しがり屋で、いつも自分のことを覚えておいてほしい
忘れないでほしいと思うものなんですよ。
ですから可愛がってあげて、その心を大事にしてやってくださいね。

稲川さん、答えようがないから適当にはぐらかして答えたんだけど
これってちょっとこわいでしょ?って言ってましたね。

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