死神の匂い
藤本さんという六十代の女性なんですが、この人は死神の匂いが分かるっていうんですよ。 それはどういう匂いかというと、じめっとして、焦げ付いたような酸っぱい匂いだそうです。 何だか分かるような気もするんですけどね。 それでこの藤本さんなんですが、目を悪くしましてね。 手術をするということで病院に入院したんです。 でも体の方はいたって元気なんですよ。 ただ分厚い何重ものアイマスクをしている。 それで昼間はどうするかというと、廊下を散歩するわけです。 もちろん廊下に付いているヘリに捕まりながらなんですが、これを日課にしていたんですよね。 いつものように散歩にやってきた。 それで誰も居ない通路でフッと立ち止まって後ろを振り返ってじっと見ている。 でも眺めている先には誰もいない。 けれども何か感じるらしい。 よく目が見えなくなるとその分の勘が冴えるといいます。 そして廊下の先にある部屋を見ていると、入り口が開いて看護婦さんとお医者さんが出てきた。 男女の話している声がする。 聴いてみると割りと緊迫しているような話が聴こえた。 何かあったのかなと思いながらも彼女はまた歩き始めた。 そして自分の部屋にやってきた。 彼女の部屋というは四人いましてね。 藤本さんは窓側の部屋。 向かい側はAさんという女性と、 年配の女性でBさんという明るいお婆ちゃん。 そして隣はCさんで、この人はあまり話をしない人。 それであれこれ話をしていたら、その日の夜に藤本さんが先ほど気にしていたあの部屋の患者さんが亡くなったそうです。 やはりその時に彼女は死神の匂いを感じたそうなんですよね。 病院なんかに居ると時々そういう匂いを感じますよと藤本さんは言うんです。 まぁそんなある日なんですけど、その日も藤本さんは同じ部屋の人達と話をしていた。 と、微かになんですが焦げ付いて酸っぱいようなそんな匂いがした。 (はてな、気のせいかな?) やっぱり翌日もそんな匂いがしている。 そして匂いは段々と強くなってきている。 (待てよ、もしかしてこの部屋に来ているのか?) 冗談じゃない。 仲の良い四人ですからね、そんなもの来てもらったら困る。 でもやっぱりどうもだんだんと死神の匂いは強くなってくる。 かと言ってそれを皆に言うわけにも行かない。 どうやら死神が来ていますよなんてとっても言えない。 言えないけれども、自分の中では困ったと思っていたわけです。 昼間みんなでお話をしていると、時折なんですが、フッと強い匂いがする。 どうやらそれは自分たちの部屋に来ているようなんです。 (一体何処に居るんだろう。 きっと匂いの元に死神が居るに違いない。 一体この四人のうちの誰を狙っているんだろうか) そんなある日のことなんですが、あれこれとお話をして食事も済んだ。 「じゃ、おやすみ」ということでそれぞれがベットに入ったわけです。 目が悪いですから動けるわけでもないし、ベットにただ黙って寝ている。 目をつぶる必要も無いんですよね、なにせ分厚いアイマスクをしていますから。 でも何だかその日は寝付けない。 ボーっとしていると、うっすらと匂いがしてきた。 そしてその匂いは段々と強くなってくる。 目に見ることは出来ないんですけど、自分たちの部屋に確実に来ていることは分かるんです。 皆寝ていますから、歩きまわる人なんて居るわけ無いのに、自分たちの部屋で足音がする。 匂いが段々と強くなってきた。 それは自分の方に近づいてくる。 (あー、きっと誰かのことを狙っているんだ) そう思いながら藤本さんは気がついた。 (死神は自分のことを狙っているんじゃないか。 自分が狙われているんだ) そしてその足音はベットの隣まで来た。 すごい悪臭がする。 じめついて、焦げ付いたような匂いがぷーんと鼻を突く。 怖いですけど、アイマスクをしていますから姿は見えない。 恐怖の中で黙っていると、フッと近づいてくる気配がする。 どうやら自分を覗きこんでいるらしい。 そこでポツンと死神が呟いた。 「あんた死神が分かるのかい」 そう言うと、それは去っていった。 翌日物音で目が覚めた。 もう皆が起きている。 (あぁ良かった、もう朝なんだ) そう思っていると、Aさんが「おはよう」と声をかけてきた。 Bさんも「おはよう、今日天気がいいわよ」と挨拶をしている。 そんな話をしているとAさんが 「Cさんね、今日なんだか朝早くに急に退院してしまったのよ」 と言った。 その時に藤本さんは気がついた。 昨日の夜中自分に「あんた死神が分かるのかい」と言ったあの声は確かCさんのようだった気がする。 死神はどうやら乗り移るようですね。





