落武者の兜

東京の麹町にあるNテレビ、そこの七階にパーラーがあるんですよ。
その局の本当に古株さんで、私も兄貴のように慕っている技術さんが居るんですが
たまたまそこのパーラーで会ったんで一緒にお茶を飲んでいたんですよ。

その時はその局の人じゃないんだけども、その技術さんととっても仲がいい人が居ましてね、三人でお茶を飲んでいたんです。
そうしましたらその技術さんが
「おい淳ぼう、この人は面白い体験をしているんだよ」
と笑って言ったんですよね。

「なんです?」と聞くと
「じゃあ稲川さんにもこの話しようか」

そう言って話してくれたんです。

彼は珍しい仕事をしているんですよ。
局の機材なんかを直したりする特殊な仕事をしていましてね。
まぁ結構忙しい方なんですよ。
おとなしい方なんですがね。

それである時に仕事で新潟に呼ばれたって言うんです。
呼ばれた局で仕事をして、たまたま帰りしなに立ち寄ったところで兜、鎧兜を見つけたと言うんです。
この人はそういうの嫌いじゃないんですよね。
それでその時に持っていたお金で買えたんで、買ってきちゃった。

仕事で行く車、ようするにバンタイプの車だったんで後ろまでずっと繋がった形の車ですから
丁度そこに兜が収まった。

家に「ただいまー」と帰った。
この人は独り者なんでお母さんと暮らしているんですよね。
「あらおかえり」とお母さんが出てきた瞬間に、
彼の持っているものを見て「何それ?」と聞いた。

「いやー、これいいだろ。
 新潟の帰りに寄ったところでたまたま見つけたんだけどさ。
 すごいだろお袋」

その瞬間にお母さんが
「うぅ・・・お願いだからやめて。
 これは駄目だから。
 お願いだから返してきてちょうだい。
 誰かにあげてもいいし捨ててもいいから」

「捨てるわけないだろ、何が駄目だって言うんだよ」

「あんたとんでもないもの持って来ちゃったね。
 うちの中に絶対入れちゃ駄目だよ」

「入れちゃ駄目って言ったって、買ってきたんだからしょうがないだろ」

「お願いだからやめてちょうだい。
 あげてもいいから、これだけはやめてちょうだい」

お母さんがあまりにも一生懸命そういうもんだから
「何が気に入らないんだよ」と聞いた。

「あんたには見えないんだろうねぇ。
 その兜には全体に生首がぶら下がっているよ・・・」

「おいなんだよ、気持ち悪いこと言うなよ」

その兜の作りは黒いんです。
確かに不気味っちゃ不気味なんだけど、その分迫力があります。
雰囲気もある。

「そうかなぁ、でも古いもんだったらそんなのも憑いているもんじゃないの?」

「いや、そんなんじゃない。
 これはそんなもんじゃないよ。
 私にははっきり見えるの。
 たくさんの生首がぶら下がっていて気持ち悪いよ。
 こんなもの、見ているのも嫌だ」

「大丈夫だよ、そのうち慣れるよ」

そう言って彼は玄関に置きっぱなしにしちゃった。

ところがそれからしばらくして、お母さんが突然倒れちゃった。
気のせいかもしれないし、気にしすぎてこういうことになったのかもしれないけど、
やっぱり原因はこの鎧兜なのかなと思った。

そう思っているうちに今度は自分が倒れちゃった。
どうも具合が悪い。
でも病院に行っても原因は分からない。
「過労でしょうかね」なんて医者は言う。

(どうも具合が悪いなぁ・・・。
 この鎧兜、返した方がいいかな)
だんだんとそう思い始めた。

そんな時にまた新潟の局から連絡が入って「ちょっと来てくれないか」と頼まれた。
仕事だからもちろん行くわけなんですけども、
(じゃあついでにこの兜を返してこよう)と思って、それで車の一番後ろに積んだわけなんです。

車が走り始める。
これが何だか不思議なんです。
一番後ろに置いてあるわけだから丁度一番後ろに鎧兜を付けた人が座っているような感じがする。

車で新潟まで行くわけですから、結構時間がかかりますよね。
結構いい時間になっちゃった。

彼は音楽が好きですからラジオを聴いたり音楽を聴いたりして車を走らせている。
その時も暗い道を走りながらラジオを聴いていた。
と、初めは普通に流れていたラジオも途中から混線し始めた。
合わせようとしても音は重なったままできちんと流れない。

(しょうがねぇなぁ)

すると混線しているラジオに言葉が入ってきた。

(あれ、言葉が聴こえてくる。
 そっちに合わせるか)

ラジオは完全に駄目なんですが、言葉は聴こえてくるんだ。
でもなかなか合わないんで、もうラジオは切ってしまった。

切ったのでラジオは止まっている。
でも何だかザワザワとしたのは残っている。
周りは真っ暗で人家も無いんですよ。
それなのに何かがブツブツと言っている。

よくよく聴いてみると、その声は後ろから聴こえてくる。
後ろに車なんか走っていないし、(なんなんだろう)と思ってミラーを見てフッと気になったのが、
後ろにおいてある鎧兜ですよね。

丁度座っているような格好なんで、自分をじっと見ているような感じになる。

(何だか嫌だなぁ。
 こうやって見てみると、薄気味悪いもんだなぁ)

そう思った時に、フッと(まさかこの鎧兜が喋っているんじゃないだろうな?)と、そういう考えが頭をよぎった。
気になるんでチラチラと後ろを見ながら運転している。
もうそろそろ街の灯が差し込んでくる。

(あぁよかった・・・)

そう思って後ろをチラッと見ると、その鎧兜がなんだか置いた時と形が違う。

鎧兜の中から袖が伸びている。
なんだかそこに色々なものがくっついている。

(嘘だろ・・・そんなわけないよな?)

そう思い、ミラー越しじゃなく、直接後ろをヒョイッと見た。

そこには鎧兜を着た武士が座っていたんです。

(うわっ! これはやばい、本当だったんだ!)

そう思って慌ててアクセルを吹かした。
早く明るいところに行きたくてスピードを上げた。
辺りはまだ真っ暗ですよね。

と、ぽつんと
「惜しかったな」

そう聴こえたそうです。
確実に後ろから。

(うわっ!)

アクセスを吹かした瞬間、目の前から車が来たんでゾッとした。
車は何とか止まったんですが、目の前は崖だったそうです。

(うわっ、こんなもの持ってくるんじゃなかった!)

気を取り直して戻ってしばらく休もうと思って荒い息を立てていると後ろから

「死にゃよかったのに」

って声がしたって言うんですよね。

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