ビバーク

あることがあったんですが、それは一旦終わってるんです。
でも後々になって、あの時のことって、こういうことだったんだって気づくことってありますよね。

私がまだこの業界に入って間もない頃の話です。
26くらいの時だったかな。
あちこちに取材に出かけたんですよ。
その時はまだフィルムで回しているような時代でしたね。
その時にいつもご一緒するカメラマンさんが居たんです。
仮にこの方を西田さんとしておきましょうかね。

ある時西田さんとご一緒した時に、あるお話を聞かせてもらったんです。
というのも当時のことを覚えていらっしゃる方もいると思いますが、この話を覚えているのは年配の方が多いと思うんですけども。
というのはこれ、ちょっとした事件になったんです。
アルプスに登っていた学生が、宙吊りになったまま亡くなったという事件があったんです。

これ、ビバークって言うんですかね、私は詳しいことはわからないんですけども、急な岩場に登って行ってロープで自分の体を固定して一息つく。
これは大変高度な技術を必要とするんだそうですよ。
そのビバークをしていた若者がぶら下がったまま寝袋に入り、丁度ミノムシのような格好になっていたそうなんです。
それでもう3日も立っているのに反応が無い。
救助する方たちは現地に行きたいんですが、当時は天候が荒れていたんでなかなか近づけない。

それで拡声器を使い、呼びかける。
「おーい、どうしたんだ。大丈夫か?
 怪我をしているのか?
 意思表示をしてくれないか?」

そう呼びかけるんですが、意思表示は無い。
ただ言えるのは、岩場にぶつかったとか落っこちたとかだと分かるんですが、きちんと寝袋に入った状態で亡くなっているというのはなかなか考えられない。
それで見つかってから5日が経った。
それでご両親の連絡先も分かっていましたから、連絡を取って「もしも死んでいたらどうしますか?」と聞いた。

そうすると、「彼をまず下ろすましょう」ということになった。
でも普通に下ろすわけにはいかないんで、その場合は極力近づいて、彼を支えているロープをライフルで撃って落とそうということになった。
これは大変乱暴な話ですが、仕方がなかった。
ご両親の方も、ここまで反応が無いということは死んでいると、悲しい話ですが認めたわけです。

それでいよいよ撃ち落す話になった。
早速西田さんはその状況を撮影するために現地に行かされたわけです。
そうすると、民法の各局が来るんですが西田さんはリーダー格なんです。
山に登っていって、一番近くの山小屋で待機しろという話なんですが、山小屋と言ったって荷物置き場のようなもんなんです。

上がっていったら、山は非常にひどい状況だった。
嵐なんですよね。
これは下手をすると、自分たちも遭難してしまう。
雪が吹き荒れている。

「おい皆、足元気をつけろよ!」
そう声をかけながら上がっていった。

そして小屋についたんですが、隙間だらけなんですよ。
もうぼろぼろだから皆で修復する。
外で風が吹く度にガタガタと音がする。
皆でひと通り修復し、中で火を炊いた。
彼は一応リーダーですから、皆に言い聞かせた。

「いいか、こんな状況だと我々は最悪二三日はここで過ごさないといけない。
 体力を温存する必要があるから、皆寝るんだ」

西田さんがそう呼びかけると、皆寝袋に入った。
皆横になったんですが、西田さんはどうも寝付けない。
気になってしょうがないわけですよ。彼はリーダーですからね。
天候は良くないし、ここに数日は滞在しないといけないかもしれない。

どこくらい時間が経ったか分からない。
相変わらず風は強い。

ザッザッザッザッザ・・・

誰かがこちらにやってくる足音がするんです。
と、他のクルーが一人起きてきて

「西田さん、足音聴こえますよね? 誰か来ますね」
「なんだ、お前起きてたのか」
「はい。・・・誰か来ますよね」
「場所がわからないといけないから教えてやれ」

若手と二人で足音の方に向かって一生懸命叫ぶ。
「おーい!こっちだぞ!」

皆がその声で起きてきた。

「いや、こっちに足音が近づいてきていたから、教えてあげなくちゃと思って」

それで皆で一生懸命叫んだ。
足音は近づいてきて、小屋のそばまで来た。

ザッザッザッザ・・・

そして、小屋の周りを回りこんでくる。
小屋の入り口まで来た。
雪を払うような音がする。

「さぁ入れ」

そう言って、ドアの支え棒を外した。
ドアを開けると、外はひどい吹雪。

「大丈夫ですか? もしもし!
 ・・・あれ? 西田さん、誰もいないですよ」
「そんなわけないだろ、足音していたじゃないか」
「いや、居ませんよ」
「じゃあドア閉めろ。
 おかしいよな、皆確かに今の足音を聴いたよな」
「はい、確かに」
「おかしいな・・・とにかく皆、寝てくれ」

そして皆また寝た。
やっぱり西田さんは眠れない。

どれくらい時間が経ったかわからないけど、小屋の角っこで音がする。
しばらくやんで、また歩きはじめる音がする。

そうすると若手がまた起きてきた。

「西田さん、やっぱり音しますよね?」
「お前起きてたのか」

足音は小屋を回りこんで入り口のところまで来た。

「開けてやってくれ」

若手がドアを開ける。
途端にひどい吹雪と風が部屋の中に吹き込んでくる。
それで皆起きてきた。

「大丈夫ですか!?」

外に声を掛けるが反応はない。

「西田さん、やっぱり誰も居ませんよ」

そしてパタンとドアを閉めた。

「おかしいよな・・・皆悪かった。寝てくれ」

西田さんは翌朝、早めに目が覚めた。
皆も起きてきた。
そうしているうちに無線が入り、今日いよいよ決行するという話になった。
皆で準備をしていると、若手の一人が声を上げた。

「西田さん、これ見て下さいよ」

見てみると、丁度小屋の入り口を背にして足あとがついている。
入るんではなく、小屋から外に向かっていっているんですよね。

「何だ、やっぱり来ていたんじゃないか。
 みんなちょっと悪いが、小屋の周りを見てきてくれないか。
 どっかに倒れているかもしれない」

そしてずっと足跡を着いていってみた。
外はすごい吹雪ですから気をつけながら進んでいく。
山のモヤは濃くて、手を伸ばすとその先も見えないような感じなんだ。

「いいかお前、ちゃんと踏みしめていけよ。
 下手して落っこちてしまうかもしれないからな。
 何処に断崖があるか分からないから、本当に気をつけろよ」
「はい、分かりました!」

若手が先を行き、西田さんはその後を着いていく。
足跡はずっと続いている。
二人は足跡を着いていった。

しばらくすると、若手がグラっとふらついて声を上げた。

「危ない、落ちるところだった・・・」
「ほら見ろ、だから言っただろ」

それで若手の腕を引っ張りながら引き上げた。
人っていうのはおかしいもので、自分が落っこちそうになると、その場所をもう一度確かめようとするんです。

「うわ、こんなとこだったんだ・・・危ないとこだったな」

そう言いながら彼が下を向いた瞬間、

「西田さん! 居ますよ下に!
 ほら、下に人が居ますよ!」

断崖があり、岩場に山のようなものが3つあると言うんです。
その間がえぐれるようになっているんですが、そこに赤と黄色のジャケットが見えた。

「おーい! 大丈夫かー!」

そう声をかけるんですが、返事はない。
それで無線で麓に待機しているテレビ局関係者に聞いてみた。

「あの、今何処何処なんですが・・・下に人がいるんです。
 救助したいんですが、どうしたらいいんでしょうか?」
『どういうことだ?』
「いや、崖の下のところに人が一人倒れているんです。
 呼びかけても反応はありません。 救助をお願いします。
 赤と黄色のジャケットなんですけど、それは何処の局の人か分かりますか?」
『そんなわけないだろ、赤と黄色の局の人なんて居るわけないよ。
 業界は皆紺、青、グレーと決まっているんだから、そんな奴居ないよ。
 とにかくお前たちは撮影の方に向かってくれ。こっちから救助隊に聞いてみるから』
「はい、分かりました!」

その岩場っていうのは上からなら見えるんですよ。
ところが下からだと丁度岩の上が窪んでいますからね、見えないんだ。
西田さんは上の方まで行ったから見えたんです。
でもその日、とにかく西田さんたちはライフルで撃ち落とすそのビバークの青年のシーンを撮りに行ったわけです。
それは実際にあったことなんだ。

ライフルを撃つと、青年を支えていたロープが切れて、青年は落っこちた。
私もニュースや映画の映像で見ましたよ。
それで、外で山男やなんかが集まって焼かれるんですよね。
お父さんは、自分の息子が挑戦した岩場をじーっと見ていました…それが、とても印象的でした。

さてね、一方では赤と黄色のジャケットの男が引き上げられた。
でもね…なんとその死体は一年前のものだったんです。

「淳ちゃん…不思議な事ってあるもんだね。よく考えたら、あんな吹雪の中、歩いてくる足音なんて聞こえるはずがないよね…」
「うん…」
「あの足音は、赤と黄色のジャケットの男の幽霊がつけたもんだったのかな?」
西田さん、そう言ってましたよね。
私もそういう事もあるのかな?って思いながらその話しを聞いていました…

それからずいぶんと月日が流れて、私は怪談のツアーをするようになった。
今から2~3年前なんですが、その日も局での仕事が終わって、いつもならば車で移動するんですが、
その日は用事があったのか珍しく歩いて移動をしたんです。

そうしたら、向こうから来るんですよ。西田さんが。本当にしばらくぶりでしたよ。
「西田さん、私は今怪談のツアーをしてて…あの話覚えてます?」
「え?」
「ほら、あのビバークの」
「ああ、あの話ね…淳ちゃん、あの話し違うよ」
「え?」

それで話しを聞かせて貰ったら、後々自分のところへ連絡がきたっていうんですよ。

っていうのも、山男の人達で、もう時間もだいぶ経ったし、ご両親の悲しみも少しは癒えただろうから、
彼を弔うためにも、みんなで集まって彼の話しをしようじゃないかって話しになった。
だから、あの時の映像を撮ってくれたカメラマンの貴方も来てくれませんか?って事だったんです。

西田さんは、なんだか気になって行ってみた。
考えてみれば、呼ばれる筋合いじゃないんですよ。自分はカメラマンですから。

それでその会に行ってお話を聞いていたならば、その彼は非常に几帳面な方でもって色々と日誌をつけているんですね。
それに、カメラも好きで、その日も自分で写真を撮ってるんです。
西田さんはそれを見せてもらった。
山を背景に笑って撮っている写真や、他の人と一緒に写っている写真もある。

「それで…これなんですけど…」
そう言って西田さん、2~3枚の写真を渡された。

見るとその写真っていうのは、どれも団体写真なんです。
で、その中の一枚を見せられた。

写真は団体写真で二列に並んでる。
前列でニコッと笑って彼が写ってるわけだ。
ああ、この彼が亡くなったんだな…と思ってみてるわけです。

「それで…西田さん…この彼の斜め後ろの人を見て下さいよ?」
見ると、笑っている彼の肩、斜め後ろの人間が手を置いて笑ってるんですよ。

「その人の着ている服を見て下さいよ?」
見ると、その人、赤と黄色のジャケットを来てるんですよね…

「西田さん、確かあの日、二つの死体があがったんですよね?彼ともう一つ」
「えっ…えぇ…」
「その人って確か赤と黄色のジャケットを着てたんですよね?」
「あぁ…でも違うよ?だってあの死体は一年前の死体だったんだから…」

「いえ、その本人なんですよ」
「そんなバカな事はないだろう?だって一年前に死んでるんだから」
「いえ、西田さん、けどこれは本人なんですよ」

「じゃあなにか?一年前に死んだ人が一緒に写っていたっていうのか?」
「そうなんです…」

なんとも言えない気持ちで西田さんは帰ってきたわけですよね。

「それでね淳ちゃん…俺帰り道で気がついたんだよ」
「なにが?」

「亡くなった青年の肩に手をかけて笑っている赤と黄色のジャケットの男な、わかったんだよ。
 だって、あのビバークの青年が亡くならなかったら、誰もあんな場所いかないぜ?
 彼が亡くなったから俺らは行ったんでしょ?彼がビバークしたから、あの男を発見したんでしょ?
 あの一年前に亡くなった赤と黄色のジャケットの男は、探してたんだよ。自分を見つけてくれる人間を。
 どうしたら自分が発見されるか。そうだよ誰かが死ねば自分は見つけて貰えるって。
 だから、誰にしようかな…って。そして…『あんたに決ーめた』ってさ。」

前の話へ

次の話へ