押入の母親

「私子供の頃に不思議な体験をしているんです。」
若い奥さんが、私に話してくれたんですがね。

この奥さんが小さな頃、家が埼玉県にあって、お父さんは会社を持っていたんですね。

それで週に1回お母さんはお父さんの会社の手伝いに出かけて行ってた。
そんな日はどうしていたかっていうと、近所のおばさんがお手伝いに来て、夕ご飯を作ってくれていたって言うんです。
それで夕ご飯が出来上がった頃になると、お父さんとお母さんが帰ってきて、3人でご飯を食べたっていうんですよ。

それでそんなある時なんですが、彼女には楽しみができた。
これは今になってみれば、何だかよくわからない事なんですがね。

おばさんが夕ご飯を作りにくると、逆に自分はおばさんの家に行くって言うんです。
そうすると自分と同じくらいの年の女の子がいて、一緒に遊んだっていうんです。

それで、そろそろ時間だなって思って家に帰ると、ちょうどお父さんとお母さんが帰ってくる。
それで夕飯を食べたって言うんですよ。
ですから彼女にしてみたら、お母さんが家を留守にするっていうのは、そのお友達に会いに行ける日なんですよね。

そんなある時なんですが、子供の遊び心でもって、おばさんの家にいって、その子と遊んでいる時に、
「あんたのお母ちゃんどこにいる?」って聞いた。
そしたらその子が、「お家にいる」って言った。

「どこのお家にいる?」って聞くと、
その子は「ここのお家にいる」って言う。

でも、ここの家のおばちゃんは、自分の家にご飯を作りに行ってますからね。
「違うね。嘘だね」って言うと、その子は「いるもん」って頑張る。	

「 いないないね。嘘だね」って言うと、やっぱりその子は「いるもん」って言う。
悔しいから、「じゃあどこにいるのさ?」って言った。

女の子は、「そこにいる」って指をさした。

自分たちの遊んでいる畳の部屋がある。
もう一つ向こうにも畳の部屋がある。
その向こうに押入れがあって、そこを指さして、「あそこにいる」って言うんです。

そんなところに、おばあちゃんがいるわけがないんで自分の勝ちだと思って、
「じゃあ、見せてよ」って言うと、その子が「うんいいよ。見せてあげるよ」って言った。

その子が歩いていく後ろを、自分もついていった。
「早く見せてよ」
「今見せてやるよ」
で、その子が押入れの取手に手をかけて、襖を開けた。

  押入れの中は真っ暗。中を覗いてみた。

…押入れの奥に、血だらけのおばさんがピョコンと座ってる。
「わあああああ」と声をあげて外に飛び出して、
どうしていいかわからないから、その家の前で泣いていると、
たまたま通りかかった知り合いのおじちゃんが、「どうした?」って聞いてくれた。

「こ、この家のおばちゃんが…血だらけになって押入れにいるよ」
「なんだ?」
「お、おばちゃんがいるよ…」

ただ事ならない雰囲気なんで、おじさんはその家のほうへ向かっていく。
自分もついていく。

おじさんが扉を開けると、女の子が居たんで、「血だらけになってるじゃないか」って泣いた。
おじさんは、「悪いけど上がらせてもらうよ」って、中に入っていった。
その子もついていった、その家の子もついていった。

襖の前までいくと、「ここだよ」とおじさんに教えてあげた。
おじさんも怖かったんでしょうね、息を吸って取手に手をかけると、一気に襖を開けた。

ところが、襖の中はどこにでもある押入れで、布団や荷物が入っているだけ。
血だらけのおばちゃんはいなかった。

でも、自分はどうしても怖かったもんですから、そのまま泣きながら家に帰っちゃった。
それからっていうものは、その家へ遊びにいかなくなった。

と、それと同時位に、お父さんの仕事がうまくいって事務員を雇うようになったんで、
お母さんも会社に行かなくてよくなったんですね。

そうこうしているうちに月日は流れていった。
彼女もいい大人になった。

それである時に彼女はその事を思い出したんで、お母さんに聞いてみた。

「ねえ、お母さん、昔さ、うちにご飯作りに来てくれてたおばちゃんがいたじゃない?」
「ああ◯◯さんね?」

「でさ、あそこに同い年位の子供がいたよね?」
「え?あそこの家には子供はいないよ?だから家にご飯を作りに来てくれたんじゃない」

で、彼女はそこまで話しをすると、私にこう言った。
「稲川さん、じゃあ私が遊んだあのこって誰だったんでしょうかね?」

彼女の話しはここで終わったんだ。

でも私はふっと気がついた。いやそうじゃないこの話しは…
その家の女の子の言ってる事は間違いじゃないんだ。

「あんたのお母ちゃんどこにいる?」って彼女は聞いた。
そしたらその子が、「お家にいる」って言った。

「どこのお家にいる?」って聞くと、
その子は「ここのお家にいる」って言った。

押入れを開けると血だらけのおばちゃんがいた。
そうなんですよ、この子のお母ちゃんは、押入れにいるおばちゃんなんですよ。

ただ、ご飯を作りに来てくれているおばちゃんは、
自分の家にそんな親子がいる事を知らないだけなんですよね。

違いますかね?私はそう思うんですよ…

前の話へ

次の話へ