エラ・ジュビカ

535 名前:エラ・ジュビカ :02/08/17 04:53
小学校の時の話です。その時は世の中にそういう人を知りませんでした。

小学一年の夏休み。中耳炎を患っていた自分は町に一件しかない耳鼻科に母親に連れられ通っていた。
バスに乗って10分程の所にあった『江良(えら)耳鼻科』。
幼い自分はその病院をエラ・ジュビカと呼んでいた。
院長はいつも片足を引き摺って歩いていた。母の話によると戦争で負傷したそうだ。
歳は五十を過ぎていたのだろうか。がっしりとした体つき、一重目蓋の四角い顔、
幾分禿げ上がった額に載った、ひびの入った丸い鏡。
いつもむっつりとして子供が相手でも決して笑うことは無かった。
受付にいたのも物静かな人だった。母よりは若く見えた女性。

何度か通ったある日。治療が済み、会計が出る間待ち合い室の長椅子に座って待っていた。
左隣に母、右隣には妹。その場にいたのはその三人だけだった。
その時、ガラっと音がして受付横の玄関の引き戸が開いた。
白い少女がそこに立っていた。肩までの髪、瞳、唇、腕、スカートから伸びた足、
衣服から外に出ている部分の全てが真っ白だ。昼下がりの夏の陽を背に、
その少女はゆっくりと腰を折ってサンダルを脱ぎ、
スリッパに履き替え、こちらへ近付いてくる。
突然の事に自分は恐怖を覚え、母の胸にすがって激しく泣いた。
少し距離をおいて母の隣に座った彼女の事を泣きながらも母の身体越しに片目で伺ってみた。
少女の左腕が見えた。そこに生えた細かい産毛までもが白く、
玄関から差し込む光の中でチリチリと光っていた。

あの時彼女はどんな思いで自分等の事を見ていたろうか。
傍にいた妹も泣いていたはずである。
それ以降、その病院で彼女に会った記憶は無い。

・・・終わり 

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