裏山の沼

356 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・ :02/05/09 02:04

小学生の頃の体験です

特殊な習い事のせいで学校を休むことがたびたびあり
友だちもろくに出来ない小学校時代でした
登校しても、級友たちの冷たい態度を目の当たりにするだけだった頃には
学校帰りに家の近くの裏山に行くことが習慣となっていました

家に戻っても練習しろとしか言わない親に辟易としており
裏山で何時間もを一人で過ごす日々を送っていた頃
山のふもとにある小さな沼に、廃屋のような影が写っていることに気が付きました

その裏山には何度も行き、沼も見ていたはずなのに
その廃屋の存在に気が付いたのは何日も経てからでした

完全に放置された、人の住む気配の感じられない建物でした
入り口の引戸は閉ざされ、昔の写真のような色をしていました

私は引戸を開けて、廃屋の中へ入って行きました

玄関をくぐると、右側に二階に通じる階段があり
その左に長い廊下、その奥にはささくれた畳を敷き詰めてあるであろう座敷があることを感じました

手前にはもう動かない、古い柱時計が架かっていて
私は迷うことなく二階へ続く階段を上り始めました

廃屋に足を踏み入れた瞬間からよぎっていた「入ッテハイケナイ」という警告も
疲れ切った日常に、非日常を求める小学生の私にはもう、関係のないことでした

しかし
階段を上り切った、すぐ横にある部屋の
薄汚れたふすまを見た途端
自分の鼓動が激しくなるのを認識しました

「絶対ニ開ケテハイケナイ」

頭の中で鳴り響く警鐘とは正反対に
自分の両手はふすまに手をかけ、一気に開け放ちました


目に入ったものは

部屋の隅に奉ってある、小さな仏壇でした

誰も住んでいないはずなのにろうそくが二本灯り

どこか見覚えのある、写真の中で微笑む若い女性は

もう遠い、彼岸のひとでした


気が付くと私は沼の横に突っ立ったまま
身じろぎもせずにいました
廃屋の屋根はすでに崩れ落ち、引戸も朽ち果てて、とても開けられる状態ではありませんでした

ああ、家に帰らなければと、唐突に思いました



終わり 

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