東山の営業所

192 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・ :2001/06/28(木) 14:06
私が、京都は東山にあるその営業所に移動になったのは春先の、桜が満開の
季節でした。

小さな営業所ではありましたが、仕事は多く,音を上げずに勤めていられるのは
ただ同僚の方たちの人柄ゆえでした。

その日も残った仕事がなかなか片づかず、時間も既に夜半を過ぎ、私はKさんという
私より3つほど年上の男性にアパートまで送って貰うことになりました。
Kさんは真面目で無口ではありますが、人に緊張感を与えないタイプで、私も
どちらかというとのんびりした性格でありますから、ふたり気兼ねなく夜道を歩いて
行きました。
桜の季節、道はうす桃色の花びらを敷き詰めたごとくで、また、ふわりと白い花片が
目の前を舞い降りてゆきます。
時間帯が時間帯だけにうかれ騒ぐ気配はあたりに見られず、とにかく静かで美しい
風景に私はすっかり魅せられてしまいました。

途中、小さな石橋を渡ったとき、何か、どうにもいやあな気配と申しましょうか、
なんともいいがたい感覚を背中に感じ、よせばいいのに私は振り向いてしまったのです。 

空には巨大な女の顔が広がっていました。

春の薄ぼんやりとした白い雲は月に照らされ、桜色の山肌は巨大な女の口でした。
その無表情なそれは、去年亡くなった私の母の顔なのでした。

「お母さん・・・」

私が思わずつぶやくと、やや先を行っていたKさんがびくりと肩を震わせました。

「見たんだね?」
「ええ」
「・・・ここで振り向くと、心の底にある女性の顔が見えるんです。
そう言われてます」
「あなたは振り向いた事があるの?」
「ええ。一度だけ」

私はKさんの奥さんが自殺だったことを思い出しました。
Kさんの奥さんはノイローゼに苦しんだ末、自宅の梁にロープをかけて
縊死していたそうです。
そして第一発見者はKさんでいた・・・


ふと見ると,橋のたもとには「面影橋」という文字をかすかに読むことが
出来ました。

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