交差

113 :虚の中の男 ◆AFcPKj5UhQ :2006/12/05(火) 04:34:56 ID:xkFhyaXq0
『 交差 』 


肌寒さも弱まり、陽気を取り戻しつつある春先。 
弁当片手にぷらりと、よく名も知らぬ近隣の山へと足を延ばした。 
麓の野原では、花のつぼみがほぐれ、小さな虫が這いずり始めていた。 

木々に囲まれ、苔の生えた石段のある古道を、滑らないよう気を配りながら歩く。 
ふと、人の気配を感じ石段の上方を見ると、蓑笠(みのかさ)姿の一行が降りて来た。 
蓑の下からは青い装束が覗いていた。昔話にでも出てきそうな格好だ。 
一行は錫杖を手にし、歩く度に錫杖から、シャン…シャン… と鈴のような音を鳴らし、先達が何やら短い経文を唱えると、後方の者もそれに続き、同じく経文を唱えた。 
その光景は、周囲の木漏れ日のかすかな温もりと相まって、例え様のない幽玄さを醸し出していた。 

この近くに神社でもあって、何か行事が行われているのだろうか? 
そんな事を考えているうちに、一行がこちらへと近寄って来た。 
こんにちは、と挨拶したが返事は無かった。 
一行は深々と笠をかぶり、こちらを努めて無視しているように見えた。 
すれ違いざまに蓑が摺り当たった事もあり、ちょっと不快だったが、そういった行事の仕来たりでもあるのだろうと思い直し、再び石段を歩き始めた。 
頂上で頬張ったおむすびが、やけに美味かったのを今でも思い出す。

時は移って、秋。紅葉の見ごろも終わり、もう晩秋と言って良かった。 
すっかり肌寒い季節になってしまったので少し迷ったが、どうせ今年は最後だからと言い聞かせ、また件の山へと足を延ばした。幸いにも、わずかに残った紅葉が出迎えてくれた。 

石段を歩いて頂上まで登り、弁当を広げた。遠方の山々を眺めながら、のほほんとおむすびにかぶり付いていたが、急にビュウッと木枯らしが吹き寒くなってきたので、ほとんど弁当に箸を付けないまま、早めに山を下りる事にした。 

石段を下っていると奥から、シャン…シャン… と鈴の音がした。 
見ると、蓑笠姿の一行が石段を昇って来る。春に見た人と同じだ。確証は無かったが、そう感じた。 
どうせ挨拶しても返事は無いだろうと、声は出さずに会釈だけした。 
また、すれ違いざまに蓑が摺り当たった。顔をしかめながら、ある事に気づいた。 
以前、一行を見た時は青い装束を着ていたが、今回は白い装束であった。所々、黒く煤けており、何か荒行でもしたのだろうかと思ったが、すぐに興味が失せ、再び石段を下り始めた。 
帰りは何故か足取りが軽く、すぐに山を下りる事が出来た。 

家に着いて、その理由が分かった。残したはずの弁当と水筒のお茶がカラッポだったのである。 
ひょっとして、あの蓑笠姿の一行の仕業だろうか? 
そうだとしたら、至極奇妙な話である。が、不思議と恐怖心は沸かず、山頂でおむすびを頬張っている蓑笠たちを思い浮かべ、何となく和やかな気分になった。

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