縄三本

61 :虚の中の男 ◆AFcPKj5UhQ :2006/12/03(日) 05:56:34 ID:VY2ATJcJ0
『 縄三本 』 


双子の姉妹であるM子・W子と、その同級生R美は、里山に隣接した街外れのX地区に住んでいた遊び仲間だ。
仲間とは言っても、R美はいわゆるガキ大将で、自分より弱そうな子を集めて、その中でリーダーとして振舞っているようなタイプだった。M子・W子も子分扱いされていた。 

R美の家は、X地区の中でも山寄りの寂しい場所にあり、学校や街に行くには、途中で薄暗い雑木林に面した道を通らなくてはならなかった。 
この道はあまり手入れがされておらず、道脇の雑木林の木々が鬱蒼と生い茂り、ガードレールには真っ青な苔がびっしりと生え、常に陰気な所だった。 
子供会がある日は、そんな道を夜に通らなくてはいけないのだ。 

月に一度、夜7時から公民館で行われる子供会は、一応、父兄が引率するのが建前だったが、
全ての子供に監視の目が行き通っているはずもなく、物騒な夜道を子供だけで歩かせていた。 
子供会が終わると、R美はM子・W子といっしょに、雑木林の道を通って家に帰った。 
M子とW子の家は逆方向の道なのだが、R美が「あそこの道はオバケが出るから、一人で歩くのは危ない。」と言って、無理矢理ついて来させていたのだ。 
何でもその昔、雑木林の木の枝に縄を架け、親子三人が首を吊って死んだと言う。

雑木林の道を抜けると、R美の家の広い庭が見えてくる。 
M子とW子が「このへんでいいでしょう?」と聞くと、R美は「私が玄関に入るまで、ついて来なくちゃダメ!」と命令する。 
R美が「ただいま~。」と玄関に入り、ピシャリと扉を閉め、ガチャリと鍵を締める。 
そこで初めて「もういいいよ、バイバイ。」と、M子とW子が家に帰る事を許す。 
M子とW子は、雑木林の道まで引き返すと、なるべく木の枝は見ないようにして、猛烈な勢いで走って雑木林を抜ける。林を抜けた後も小走りで家に帰っていた。 
そんな事が、小学校を卒業するまで3~4年続いた。 

6年生の時の三月、またいつものようにM子とW子はR美を家まで送っていた。 
M子とW子は、R美を送るのもこれで最後かと思うと、少しほっとした。 
R美の家に着くと、R美はとんでもない事を打ち明けた。 
「実は、雑木林の首吊り自殺は作り話。二人が怖がると思ってウソをついていた。」 
何ともR美らしいやり口である。単にいっしょに帰りたかっただけなのかも知れない。 
双子はあきれて、乾いた笑いを浮かべた。その晩は雑木林の道を、歩いて帰ろうとした。 

しかし、首吊り自殺の話が嘘だとしても、夜の雑木林が気味が悪い事には変わりはない。 
闇夜に浮かぶ小枝の影に、風にざわめく木の葉の音に、徐々に歩みは速くなる。 
ふと、M子が視界の片隅に揺れるものを捉え、視線を上にあげた。W子も同時だった。 
雑木林の中でも一際大きいクヌギの木の枝に「だらり」と、縄が三本ぶら下がっていた。 
二人はこの数年間、心に溜めていた恐怖を一気に吐き出すかのような悲鳴をあげ、泣き叫びながら家まで走った。
帰った時には、汗と何かで全身ビショ濡れだったという。

翌日、M子とW子は冷静になって考えてみた。もしかしたら、R美に担がれたのかも。 
自殺話は嘘だと言って安心させ、あらかじめ枝に結びつけた縄で驚かせる魂胆だったのかも。 
しかし、R美を問いただしてみても、何も知らないようだった。 
不思議に思い、明るい昼の間に、恐る恐る雑木林に確かめに行った。 
クヌギの木には何も無かった。あれは錯覚だったのだろうか? 


それ以来、この道を通る事もなく、M子とW子の二人は高校生になった。 
R美とは、中学の頃に一度も同じクラスになる事もなく、何となく疎遠になった。 
違う高校に進学してからは、顔すら合わせていない。 

そんなある日、地元で事件が起きた。例の雑木林で人が死んでいたのだ。 
初老の夫婦らしき男女と、その息子らしき若い男の三人が首を吊っていた。 
隣の県の人だったらしい。近くに××ナンバーの車が止めてあり、 
中から遺書が見つかったそうだ。理由は分からない。 

M子とW子は、もしやあの木で首を吊ったのではと思ったが、怖くて確認出来なかった。 
そして、あの道をこれからも通り続けなければならないR美の事を考えると、不憫に思いつつも、二人して思わず笑みがこぼれてしまうのだった。

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