横殴りの風

653:全裸隊◆CH99uyNUDE 11/09(木) 00:05 xwoo2L+F0 [zenratai@hotmail.com sage] 
鎖場に垂らされた鎖が、ちりちりと音を立てて揺れ、 
引きずられるような強風だった。 
夕暮れまで、もう少し。 
先を急ぎたかったが、横殴りの風が激し過ぎる。 
膝をついて態勢を低くするうち、四つん這いになり、 
何度も、身体が浮き上がりそうになった。 

斜面を小石が駆け上がってくる。 
はっきり見えるわけではない。 
音でそれを知り、速度を想像した。 
カン、カンカンと音が右から左へ駆け抜けた。 

やがて風下側の斜面へ移ることができた。 
風は弱く感じるようになったが、足元の斜面は、 
それまでより急になった。 

ちらりと何かが視界の端で揺れた。 
見上げると、すぐ目の前に稜線がある。 
その稜線を越え、細い紐が揺れている。 
風の吹く形そのままに、激しく宙に舞っている。 

手が届きそうだ。 
ある山岳小説では、こんな紐を掴んだ主人公が、 
命拾いをする。 

これといった考えもなく、その紐を掴んでしまった。 
まずいと思ったが、どうにもならない。 
手の中の紐を引いてみたが、紐は引けない。 
何かに固定されているかのようだ。 

ぐっと力が入った次の瞬間、紐が張りを失った。 
稜線を越え、斜面のこちらへ紐が来た。 
紐はそのまま風に乗り、跳ねるように飛んだ。 
手が、紐を放そうとしなかった。 
先端が見えないほど、長い紐だった。 
それが風の中、まっすぐ風下へと伸びる。 
紐と一緒に飛ばされそうだと思ったとき、 
手のすぐ先で紐が切れた。 

手から5センチばかり顔を覗かせている紐の切断面は、 
刃物で切ったように平らだ。 

手の力がゆるみ、手の中に残った紐は飛び去った。 
風は、いつまでもやまない。 

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