熊先輩
374 :本当にあった怖い名無し:2010/08/20(金) 15:16:22 ID:Py10KfKZO
大学1年の夏休み前。その日も先輩二人と終電過ぎまで飲み、大学やサークルの事なんかの話をしていた。
既に授業に出ることが少なくなった僕も二回目の3年生を過ごす先輩二人も大半は大学やいまの社会への不平不満、サークル内の力関係や俺の入学以前に於ける先輩達の武勇伝や男女関係。
先輩の一人は短髪で清潔感はあるんだけれど、パッと見た感じ熊のような風貌。よく言えば豪快でおおらか、悪く言えば後先を考えずいい加減、その割には変に繊細だったりする。
もう一人は関西訛りで何を考えているかわからない、ただ物凄く口が悪い。熊先輩とは違う口の悪さで、思った事をそのままというよりわざと辛辣に語る。
ただ二人とも言えるのは、どうしようもなく悪知恵しか働かないタイプのバカ。
そもそもサークルの新歓飲みの時に座敷の奥のテーブルでガハハと大笑いしていた熊先輩がいきなり遠くの俺を呼びつけ、「新入生の中でも一番のクズ臭がする」と一言。
面食らっていると「お前、ここ入れ。携帯出せ」と無理矢理赤外線でアドレスを奪われた事から奇妙な友情が始まる。
一緒に新歓へ来ていた学科の友達は俺のいたテーブルで何やら女の子達と楽しそうに話している。
一ヶ月も経っていない友情は女の子の前では何の意味も為さない。
なのになんだ、俺の前には熊。熊の隣にいる金髪の可愛い人は「これ、彼女な。手ぇ出すなよガハハ!」なんなんだマジで。
何も言えずにいると俺の右隣にいる人が関西訛りで「ごめんな、コイツがクズが欲しいと言い出してんか、君、麻雀できる?」
「はい」
「パチンコは?」
「好きです、スロットも」
「競馬なんかは」
「たまになら」
「ガハハ!やっぱりクズだ!飲めや!」うるせぇ熊。と、差し出されたグラスを握り、注がれたビールを飲み干す。
その後は適当に質問されたり聞いたりし、次々と新入生を呼んでは飲ませて元のテーブルに返す、にも関わらず俺が席を立とうとすると先輩達は「お前はここ」と無理矢理座らせる。
次第に新入生に交ざらず先輩達といる自分が誇らしくさえなっていた。もちろんそれは錯覚なんだろう。
こうしてこの二人と仲良くなっいった。いま思い出すとこんな悲しく楽しい事はない。
暫くすると新歓は終わり、二次会へ、当たり前のように俺も連れていかれる。二次会は他の新入生もいていくらか話ができたくらいだが、それもお開き。
「俺ん家来いよ、テストしてやる」とまだ飲み足りないのか熊先輩が言った。関西先輩も嬉しそうに「決定な」と言うが何のテストだよと思いながら、酔っぱらった勢いでわかりましたと言う。何故か二人とも真剣だ。
熊先輩の家は飲み屋から大学とは逆方向に一駅歩いたところらしく、三人でだらだらと向かった
初対面の人の家に行くのは少し不安だ、軽く貞操の危機を感じるが、いや熊先輩には彼女いたしな、どうなんだ。そう思ってると「今日おらんかなー」「いるだろ」まだ誰か呼ぶのだろうか。
もう少しだ、という先輩の声で安堵する、いい加減歩き疲れた。
住宅の塀が続く道に入る。
「ほら、そこに細い曲がり角あるだろ?」
「暗くてよく見えないです」
「あー、前歩いてるおばあちゃん見える?近所の人だ」
「はいはい、見えます見えます」
「そのおばあちゃんがその角曲がるから」
「その先ですか?」
「そやそや、そこや」
関西先輩も歩き疲れたのか、嬉しそうに答える。
3、40m先のおばあちゃんをぼーっと見ていると、丁度電柱の先を曲がる。
俺らももうすぐ曲がり角というとこで、やっとだよ!と言いながら異様に高いテンションの二人。
先頭にいた俺が電柱の先を曲がろうとすると、思わぬ衝撃にあう。
酔っ払っていた事もあって、電柱にぶつかってしまったのだと思ったが違う。曲がり角なんてない。目の前には塀しかなかった。
「イェーイ!!」「よっしゃよっしゃ!」
振り向くと先輩達は子供みたいにはしゃいでる。訳もわからないまま鼻を抑える俺。
余りにも不意を付かれたので、思いきりぶつかってしまった。
「合格合格!やはりクズだな!」
「ひゃは!初めての合格者や!」
そんなに騙された俺が面白いのか、酔いに任せて「勘弁してくださいよ!」と語気を強めるが、二人とも笑い転げている。
「なに自分、全然怖くないん?慣れてんねや?」
「何がですか、最高つか最悪ですよ」
「おばあちゃんどこ行った?」
熊先輩の一言で、痛みが引く。背筋がすっと寒くなる。
「お前、おばあちゃんここ曲がったの見たよな?」
確かにここを曲がった。俺は熊先輩におばあちゃんの存在を言われてから、目を離していない。
「合格やなぁ」
「なぁ、電柱と塀の隙間、見てみろよ」
もしやと思ったが、人が隠れる隙間なんかないはずだ。それでも、だからこそ振り向けない。
二人は嬉しそうに笑っていた。

