冬の心霊特集

404 :1/7:2009/07/21(火) 20:29:05 ID:I9LGXuU3O
小学6年生のある冬、いつも買っていた月刊誌に「冬の心霊特集」的な小冊子のオマケが付いていた。
他愛ない小冊子だったけど、一ヶ所だけとても気になる記事があって、「君にも霊の声が録音できる!…かもしれない?!」というもの。
記事の内容はこんな感じ。「霊には周波数があります。録音器材や録音者が持つ周波数が霊の周波数と合致したならば霊の声を録音できるかもしれないのです」。
今読めば直ぐに周波数なんてインチキ臭いと感じるけれど、当時は心霊レコードが再ブームになっていた頃で。
『かぐや姫』『オフコース』『万華鏡』『レベッカ』なんかの特集がよくテレビでやっていたりして。
もし、霊の声が録音できたら一躍有名になれるんじゃないかなと単純に思いながら記事を読み進めていった。
「やり方はラジカセ等の録音器材を用意してカセットテープを録音状態にして次のような台詞を言います」
「霊界の皆様、もし現世で言い残したことがありましたらこの機械の前でおっしゃってください」

「ふざけた気持ちでやらないこと…云々」
いくつかの注意事項が書いてあった。

とてもシンプルなやり方に驚いた俺。
幸いにも当時の我が家には適切なラジカセがあり、ラジカセ本体の右斜め上に装備されているマイクを使用して霊界録音を実行できるじゃないか。
当時住んでいた家は二階建の一軒家で二階には向かい合った二部屋があり、それぞれ兄貴と俺が使用していた。
実行するのに問題があるとしたら、兄貴が自部屋で受験勉強をしている事で、当時の兄貴は気に入らないと直ぐに暴力を振るってくるような痛い奴だったからバレたら多分殴られる。
とりあえずバレないように小声で録音チェックをしてみたところ問題なしで、いざ、心霊録音実験を開始する事にしたんだ。
テープはオートリバースで60分録音できる。
18時30分、録音ボタンを押して小さな声で録音を開始した。
「霊界の皆様、もし現世で言い残したことがありましたらこの機械の前でおっしゃってください」
灯りを消して、一階に降り、夕食を食べ、テレビを見ながら60分経過するのを待つ。

60分経過して、ワクワクしながら二階に上がり、テープを再生してみる。
「霊界の皆様、もし現世で言い残したことがありましたらこの機械の前でおっしゃってください」
…ザーッ…
俺の台詞の後はノイズというか、マイクの性能が悪いせいもあって窓の外で木々が風で騒めくようなリアルな音なんかは入っていない。
5分後…ザーッ…
10分後…ザーッ…
30分後…ザーッ
「…なんだつまんね…」
さすがにノイズ音みたいなのを30分も聞いているとウンザリで、オートリバースでテープが裏面になった時、早送り機能を使う事にした。
このラジカセは小さなレバーが付いていて、それを下に押すと自在にテープを早送りでき、レバーから手を離すと続きが再生される。
例えば曲を聴いている時にレバーを押すと「チュルチュルチュルチュル」という早口音がするので、もし、残りのテープに何か録音されていれば「チュルチュルチュルチュル」と音がして分かるという訳だ。
「どうせ何も入ってないんだし…」
そんなふうに考えていたと思う。
軽い気持ちでレバーに手を掛けた。

ほとんど諦めながらレバーに手を掛けたままの俺。
なんの変化もなく2/3位まできて手が怠くなりはじめた時、異変が起きた。
「チュルチュルチュルチュルチュルチュルチュルチュル」
?!何か録音されている?!
即座にレバーから手を離してみるとザーッという音。巻き戻しボタンを少しだけ押して再生してみると、そこには音と声がはっきりと録音されていた。
「ギーッッ」
「ママ止めて!」
「お願い!怖いよ!」
「シャカシャカシャカシャカ」
「助けて!ママ!ママ!」「ママ怖い!」
「シャカシャカシャカシャカシャカシャカ」
「ギーッッーー」
「わーやめてーー」
「バターン!!!」
…ザーッ……………
鉄の扉を開けるような音が最初にして、ママと叫ぶ男の子と女の子の声。
ママらしき人は声を出さず、書類か何かを高速でめくるような音がしている。
懇願する子供達の声も虚しく、ママらしき人は再び鉄の扉を閉めた。
そして再びノイズの音。
ザーッ…

「これは…なんだろ…う」
テンパった俺は即座に兄貴のイタズラだと判断した。冷静ならばいくつもおかしな点がある事に気付くのに、頭に血が上って全身の毛穴から汁が噴出して動悸が激しくなっていて駄目。
受験勉強をしている兄貴の部屋のドアを開けて開口一番、「何してんだよ!止めてよ!」
「は?何が?」
いくら問いただしても会話が噛み合わず、仕方なく事情を説明して証拠を聞かせる事にした。
テープを聞いた兄貴は青ざめてこう言ったんだ。
「これ、俺にはできないよ?だっておかしいもん…なんだこれ?なんでこんなことしたんだよ?え?」
兄貴は俺よりも少し冷静でテープの声のおかしな部分を指摘し始めた。
先ずは男の子と女の子が同時に喋っている事、これは仮に兄貴が子供の声色を使う事ができても無理。
ラジカセにトラック機能はないし、カセットがもう一台あれば可能かもしれないけれども家には一台しかない。
そして声がしている間、ノイズがゼロな事、兄貴は別のテープをラジカセに入れて自らの声(あーあーとか)を録音して再生し、ラジカセの録音レベルの低さを証明した。
「だって、FM録音したってこんなに綺麗にならないぞ?」

その指摘は裏窓からガラスを通貨して近所の音が偶然録音されたという可能性を消した。
窓の向こうは他人の家の大きな庭で、いや、そもそも録音内容が普通ではないことが小学生の俺にも理解できたし。
更に録音レベルがとても高く、ボリュームを最低まで絞ってもとても大きな音がする。
「このドアらしきものを開け閉めする音…そこのドアの音に少し似ているな…」
兄貴はそう言って俺の部屋のドアを顎で指した。
ラワン材でできたトイレのドアみたいなバタンタイプのドア。蝶番が軋む音がするのだ。
実験してみよう、という事になり録音ボタンを押してドアを思い切り閉めてみた。
バターン!!!
再生するとよく似ている…いや、同じではないか?
「やっぱりお前か?兄貴のイタズラだろ?」
「いや…でも…」
その時階下でお袋の声がした
「うるさい!何してるの!御近所迷惑でしょ!」
「な?こんな爆音するんだぞ?お前さっきまで下にいたんだよな?こんな爆音したか?というか、こんな爆音したら俺がビックリするわ、向かいの部屋なんだから…」
「…」
つまり、この声と音はマイクを通じて録音された音ではないという事になってしまうのだろうか。

それから何度聞いても声や音の他に手がかりらしき音は入っていなかった。
「何バカなことしてんだよ?呪われるぞ?お前」
兄貴の言葉に泣き出してしまった小学生の俺。
「いいから、消せ!とにかく消せ!呪われるとかはわかんないけど、こんなの持っていたら駄目な気がする」
そう言いながらも早送りレバーを何度も押したり、巻き戻したりしている。
「あ!これ…なんだ?」
兄貴が何かに気が付いた。録音された部分を早送りすると
チュルチュルチュルチュル…
もう一度
チュルすチュルて…
なんとなくなんだけど、偶然なのかもしれないけれどチュルチュルチュルチュルのイントネーションが
た・す・け・て
に聞こえる。
「うわあー」
兄貴も俺も我を失い即座に録音を消した。
あれはなんだったのか…以前住んでいた人が子供に虐待をしていたとか、それとも別の場所で閉じ込められて、そのまま…
もしかすると今も男の子と女の子の亡骸がどこかに閉じ込められたままなのかな?と考えたりする事がある。
録音は消去したけれど俺の心には生涯消える事のない音と声が刻まれた。
霊界録音なんて…するものじゃない。
あの軽はずみな小冊子を今も少し恨んでいる。

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