海に沸いた生き地獄

29: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 03/03/20 22:17
現代民話考Ⅲ 松谷みよ子編
「偽汽車・船・自動車の笑いと怪談」より
(P164~)
30: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 03/03/20 22:18
今からちょうど三十二年前だねえ、(昭和二十一年のこと・註/松谷)
雄勝町ってあるね、一本町でながーいとこ。その町に天雄寺ってお寺があるわけ。
そこへねえ、あかしをつけたり消したりつけたり消したり毎晩ねえ、ぞろぞろ、ぞろぞろ、
ちょうど昔の殿さまの行列みたいにねえ、お寺に行くんだって。
若い人たちからさまざまの男から女の人が。
そすて、見る人と見ない人とあるんだけっどねえ、見る人は墓場の土の性って
ゆうんだってねえ。犬目ってゆう人もあんのねえ、犬の目には死人が見えんだと。
ぞろぞろ、ぞろぞろ、毎晩いくんだと。それでねえ、こっちの部落と向かい合ってっから、
ああ、なにごとができんのかなあ、天雄寺へみんなでぞろぞろ行列作って、長い町をねえ、
あかしをつけたり消したりして毎晩天雄寺さんさいくんだべ、あそこは五人連れで
一人が死ねば五人続いて死ぬって話あるが、こんなにそろっていくっつうことはねえ、
まるで殿様の行列のように見事だって、なにがおきるかって不思議にすていたんだってねえ。

そうすたらねえ、三月の二十三日、彼岸の中日だったねえ、雨がジポジポ降っていたの。
ほの日、午後一時に出る金華丸って巡航船が女川の岸壁に横づけになっていたのね。
ちょうど昼間でねえ、潮が引いてたんだと。だからとも表から綱とってねえ、岸へ
寄っつけてたんだと。
そすたら米のないときだから、米背負いがあって、みんな在からきて、一晩泊まって
米背負って、ふだんねえ、お天気のいいときはみんな米背負って陸歩いたもの、
その日に限って、雨ジポジポ降ってるから、みんな船に乗ってたわけなの。
復員兵もいたし、うちの妹も四つになる子どもと乗っていたわけ。

そすてねえ誰かが、
「もやい放すなよぉ、もやい放すなよぉ、この船、岩の上へあがってっから、もやい放すなよ」
ってゆってんのにね、水が満ちてくるまでに時間遅れっから、片っ方の方放すたらしいの。
そすたらグラッと沖の方へ曲がったから落とされた人もあっけんども、わあーと岸の方へ
きたらまた岸の方がぐらっと曲がって、ずしずしーと岩から船が落ちて、こっちの方へくるから、
またこっちへくる、そっちへ人がいけばそっちへいく、ぐらぐら揺れているうちに、
水がドブドブ入ってきて、ともの方は揺れないからそこへ入ってから、
「この子どもだけでも助けてぇ、助けてぇ」
ってねえ、うちの妹が騒いでたったって。子どもは頭の上へささげて。

そんとき、口のとこまで水がきてたんだって。
「この子だけでも助けてぇ、助けてぇ」
ってね、頭の上へささげてたっけっども、届くこともできねえから、同じ部落の人がねえ、
それを眺めて外へも出られないんだと、足はさまれてっから。
そうすているうちに、朝鮮人がアセチレン背負っていたのさ、水がぐーんと入ったから、
ガスがふわーっと噴いたんだって。それでねえ水も飲まねえうちに、ガスがふえたために、
みな、ともの人が死んだわけねえ。

沖の方へにげた人はねえ、沖たてて、みな体だけ泳いだんだと。
そうすているうちに助け船が出て助けられたり、泳げねえ人が泳げる人の体にすがったから
共にズブズブ沈んでねえ、
「助けてぇ、助けてぇ」
って声を聞きながら、助けることできねかったんだと。
そすて、岸の方へ落ちた人がね、死にたくねえから、潮が引いてっからねえ岸壁が高いから、
どっかかっかに爪のすがるとこあったかと思って、
コンクリーをねえ、ガリガリ、ガリガリやったから、みな爪から血出すながら、
生地獄ってあいつのことだってねえ、見た人が。
そうすて死んですまったのねえ。

それから一週間ぐらいあがんねかった人もあるねえ、米背負って落ちた人は。
そすて、雄勝の天雄寺の檀家も三十なん人か死んだの。うちの妹らもそのお寺の
檀家だからねえやっぱりいったわけ、そこへ。
ほんとうに大名行列のようであったと、お葬式が。町のはじからはじまで続いたと。
三十七、八人ぐらい死んだべねえ。
そすて、埋葬終わったら、ガラッと出なくなったと。死ぬ前、ぞろぞろ、ぞろぞろいった火の玉。

宮城県・T.I./談-

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