夢の中で戦う

86 名前:BEAR[] 投稿日:03/02/18(火) 21:52

『ちっ!』
今日も覚めてしまった。ダメだ、あいつにはどうしても勝てない…。
俺が最近ハマッているのは、夢の中で戦う事。しかしこれは誰もができるわけではなく、
気がついたら俺はできるようになっていた。この世界で、夢の中で戦える戦士は、たった
5人だけだ。それは、ごく普通のサラリーマン、おしゃべりそうな主婦、よぼよぼの爺さ
ん、小学2年くらいの小さい子供、そして高校生の俺、と、年齢層はかなり幅広い。さっ
き、『夢の中で戦う』と言ったが、具体的に言うと、最後まで夢に残っていられた人が勝
ちみたいな感じで、つまり相手を夢から覚めさせるのがこのゲームの醍醐味だ。
で、方法は様々だ。何しろ、これが夢だと自覚しているなら、自分の出したい物が念じれ
ばすぐ出てきたりなど、完璧に自分の思い通りになるから、人によってその方法は様々
だ。さて、また夜がやってきた。俺は、いつもの対戦時間に遅刻しないように、夜6時半
に寝た。
………今日のステージは…公園か。ブランコにはすでに戦士の一人、よぼよぼの爺さんが
座っていた。
『あと5分だって言うのに、全く若いもんはけしからん!』爺さんは僕にそうグチを叩い
て、ブランコをこぎ始めた。2分前になって、主婦と小学生が来た。だがサラリーマンは
まだ来ない。まあ、いつもの事だがな。まあいい、来たら一瞬で『血祭り』にあげてやる
かな、なんてね。
『あと30秒だぞ!』爺さんがそう叫ぶと、サラリーマンはすぐ現れた。
『スイマセン、飲みに行こうって誘われたの、断るのに手こずって…』
『言い訳はいいよ、んじゃ、始めよう!』
小学生がそう言うと、手元の時計は7時になった。
『スタート!』          


みんなはすぐさま戦闘体勢になった。そして早くも小学生が、得意のしゃぼん玉をくり出
してきた。あれは、一見普通のしゃぼん玉に見えるが、割れると鼓膜を破るようなスゴい
音がして、分かっていても覚めてしまう、強い技だ。一回、自分で自滅した事もあったし
な…。そしてそのしゃぼん玉が割れた。
『パアアアン!』
その音で、主婦が悔しそうな顔で消えた。主婦が持つ、得意の包丁でビビらせ攻撃も、今
日は使えずじまいってわけか。僕は少し笑みを浮かべた。小学生は、相変わらず冷静であ
る。そして、サラリーマンがニヤリと微笑んだ。来るか…!?と思ったら、サラリーマン
が消えた。いつの間に…誰が攻撃したんだ?僕はみんなを見た。しかし、みんなも俺と同
じように、まわりをキョロキョロと見回している。夢の中で戦えるのはこの5人だけのは
ず…。と思った瞬間、
『助けてくれえ!』サラリーマンの、空気を裂くような痛々しい叫び声。何だ、まだ覚め
てなかったのか。新種の技か何か知らんが、俺はそんな技には引っかからん!そう思った
時、何かが上から降ってきた。『ドサッ!』それは、サラリーマンの血だらけの死体だっ
た。そのサラリーマンには顔が無く、のっぺらぼうの様に、目、鼻、口などがきれいには
ぎ取られて、その部分からは、絶えず鮮血が吹き出ていた。
『うわあああ!』
小学生は、その血だらけの死体のあまりのグロテスクさに、ビビって泣きながら消えて
いった。しかし、俺はだまされない。あれは、おそらくあの爺さんの新しい技だ。ほら見
ろ、笑ってる。ちきしょう、ガキ相手に、こんな残酷な手を使いやがって…。今日は何と
しても『血祭りにあげて、無様をさらす』ぞ!と思った瞬間、今度は爺さん本人が消え
た。ん?爺さん、消える一瞬顔が青…いや、そんなのどうでもいい。今度は何が来るのか
…さっきは少しビビって覚めそうになったが、次は心構えは充分できている。さあ、いつ
でも来い! 

その瞬間、辺りの風がピタッと止んだ。と思ったら、いつの間にかそこには、血だらけの
変わり果てた爺さんの無様な変死体が、ケタケタと笑いながら舞い踊っていた。妙に目が
キョロキョロしてて、以前の爺さんの頑固な面影は少しも無い。
そして、不気味ながらも、しばらくその爺さんを見ていた。すると、急に爺さんの首がい
きなり凄い勢いで180度こっちに曲がり、その半分取れそうな目で『ギョロッ』と俺を見
てきたのだ。そして、体が小刻みに揺れたと思ったら、爺さんの目玉がこっちに飛んでき
た!『うわああああ!』俺は夢から離脱せざるを得なかった。
『…やられた』
俺は今までの戦いの中で一番悔しかった。あのままいけば勝てたのに!あの爺さんは、
いったいどこまで卑怯な手を使うんだ?あの夢の爺さんの姿は、間違いなく俺をビビらせ
てリタイアさせる技だ!そうに決まってる。でなければ…いや、有り得ない。俺は一瞬嫌
な想像をした。そして、悔しがりながらも、仕方なく今日一日、つまらない現実の世界を
過ごすことにした。
そして学校から帰り、メシを適当に食った。風呂に入っている時も、ずっとあの爺さんを
負かす事だけを考えていた。そして、風呂から上がり、時間がやってきた。今日こそ、あ
の爺さんを負かしてやる!……そして夢に入る。
……今日は…デパート?何でこんな場所で…あれ?爺さんがいない…いつもは早いはずな
のに…サラリーマンはいつもギリギリだから良いとして、爺さんが遅いのは珍しいな…。
全くこういう時に限ってムカつくな…。そして主婦と小学生が同時に現れた。二人とも何
故か俺を見ておびえている。まあ良い、負かしやすくなっただけで、何の問題も無いし
な!…しかしあとの二人とも遅いな。サラリーマンはまあいつもここらへんで来るけど、
爺さんは異常に遅い。今までこんな遅くまで来ない事は…。不思議に思いながらも、つい
に時間になってしまった。
ちっ、あの爺さんを負かしたかったのに、つまんないな。まあいいや、この弱いメンバー
なら、一瞬で『ねじ伏せて』多分久しぶりの勝利が飾れるな!

『スタート!』
の合図と共に二人はスッと消えた。………え?俺はまだ何にもしてない…おかしい!絶対
おかしい!昨日といい、今日といい…いや、待てよ!これも実は主婦や小学生の技だった
りして…。と思った時、デパートは一気に暗くなった。しまった、油断するな!俺!と、
自分に言い聞かせて警戒心を強めた。するとまた電気がついた。
え…?…主婦と小学生は、体が有り得ない程ぐにゃっとねじれて死んでいた。……ダメ
だ、ちきしょう!だまされるな!これは…罠だ!みんな、最近強くなってきた俺を集中狙
いして、こんな芝居を…何でみんなこんな戦い方を…俺は嫌なんだよ!勝てばいいとか言
う考え方は…なのにみんなは…。俺は意識が薄れかけていた。すると、デパートの天井か
らアナウンスが聞こえた。
『よくやりました!今回の優勝者はあなたです!おめでとうございます!』
え…?俺が優勝者…?そんなはずは…だってこのねじれた二人はまだここから消えて…ま
あいい、とりあえず俺は勝ったんだ!この長い戦い、ようやく制したんだ!何か不自然だ
けど、とりあえず勝ったならそれでいい!俺は、すごい優越感に浸っていた。そして夢か
ら覚めた。

『俺…勝ったんだ』現実の世界でも、この喜びを噛みしめる事ができた。みんなに今まで
散々卑怯な手を使われたてきたが、俺はそれに耐えたんだ!へっ!あの4人め!ざまあみ
ろ…!
あれ?何か大きい箱がある。赤くてすごく大きい箱だ。貼ってある紙を見ると、
『優勝おめでとうございます。あなたの戦利品です。』
と書いてあった。………戦利品?…まさか…!俺はすぐさまその箱を開けた。
何とその中には、かつて夢で戦っていた4人の無惨な死体がぎゅうぎゅうに詰め込まれて
いた。そしてそこにも一枚の紙があった。そこには
『血祭り』
『血祭りにあげて無様をさらす』
『ねじ伏せる』と、何か覚えのある言葉が…。俺はやっと気付いた。
『うわあああ!』俺は怖くてすぐさま箱を閉めた。その時、箱の中から最後何かが聞こえ
たような気がした。

『お前も血祭りだ』

…逃げるつもりは無い。望むところだ。今日の夜に殺られるのは、もう分かっている。
だからこそ、俺は、戦うのだ。
そして…夜が来た。

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