検問


検問
私が学生時代のお話です

夏休み、サークル仲間でキャンプに行く事になりました。
いわゆる学生の貧乏旅行でした。
お金が無いので高速代をケチり夜中に出発し、道の混まない朝のうちに現地に到着する予定で車3台に分乗し出発しました。
夜中なので狙い通り渋滞もなく、3台連なって目的地に向かいました。
運転をしているAは眠そうな目をこすりながらも、順調に運転していました。
目的地に近づくと高速を降り、寂れた田舎の山道になっていきました。
その山道も一山二山と順調に越え、いよいよ目的地近くになりました。
もうこのまま山道を降れば目的地に到着です。
古ぼけた長いトンネルに入ったころです。
急に私は冷たい手で背中をなでられるようなゾクッとする感覚を覚えました。
思わず運転しているAを見ましたが、彼は相変わらず眠そうな顔で運転していました。
後ろを振り向くと、B子とC子は眠っていました。

トンネルの中程まで進んだときです。
前を走っている2台の車が急にスピードを落としたかと思うと、そのまま停車しました。
時刻は午前4時頃。
(このままだとかなり早く着いちゃうな)
などとぼんやり考えていた私は、独り言のつもりが声を出していました。
「あれ?何かあったのかな?」
するとAは
「ん?・・・あー、あれだよ」
と指差ししました。
何やら警官が一人で検問をしているようでした。
「なんでこんな時間に検問なんかしているんだ?」
「もしかして殺人事件でもあったりして」
(このまま快調に進むと、着いた先で待たされて面倒だな)
くらいに思っていた私とAは軽口を叩いていました。
2人の声を聞いて、後ろの席で寝ていたB子とC子も目を覚ましました。
しばらくして1台目が終わり、2台目の検問をしていた時です。
後ろに座っているB子の様子がどうも変です。
怯えるようにブルブルと震え、明らかに異常な雰囲気でした。
普段は物静かで感情をあまり表面に表さないB子なので、私たちも驚きました。
C子がなだめようとしても、B子は歯を食いしばって震えているだけです。
私も心配になり、声をかけてみました。
「おい!B子ちゃん、大丈夫か?」
私が言ってもB子は何の反応も見せません。
B子があまりにも怖がっているため、誰も何も言うことができませんでした。
そしてしばらく沈黙の時間が流れました。

長い沈黙に思えましたが、前の車の検問が続いているので、たぶんほんの10秒程度の沈黙だったのでしょう。
・・・しばらくすると、蚊の鳴くような声でB子が何かを呟きました。
「あの警官、普通じゃない・・・
この世の人間じゃないみたい・・・」
私たちは唖然とし、そのまま黙るしかありませんでした。
震えるB子はC子がしきりになだめています。

また沈黙が訪れると思ったとき、この雰囲気を変えようとしたのでしょう。
コホン、と空咳をしてから、Aが
「・・何?この世の人間じゃないってどういう意味?
まさか幽霊とか?だったらケイタイで撮ったら大金に化けるんじゃね?」
などと言って笑いました。
しかし無理して引きつった笑みを浮かべているのは一目瞭然でした。
私もB子の発言の前から妙な胸騒ぎを感じていたので、Aの冗談の相手をする余裕はありませんでした。

2台目の検問が終わり、いよいよ私たちの番になりました。
予想に反して警官は笑顔で話しかけてきました。
「あ、どうもどうも。
こんな時間にどうもすいませんねえ、ご旅行ですか?
いや実はね、近くでひき逃げ事件がありましてね。
ホントこんな時間で申し訳ないんですが、少しの時間協力してくださいね」
警官は私たちの顔を見回して、申しわけなさそうに話し続けました。
・・あの、なんていうかその、ひき逃げってその、すごく卑怯な犯罪じゃないですか?
僕、こういう卑劣極まりない犯罪が心底大嫌いなんです。
こういう自己中な犯罪者を許せないんですよ。
ホントこういうゴミクズは社会から抹殺しなきゃいけませんからね。
だからちょっとね、個人的に気合入れて検問しているわけなんでしてね。
・・せっかくの楽しい旅行に水を差しちゃったらアレなんですけど、危険な犯罪者を捕まえるためにも是非ご協力ください!」
なにやら必要以上に口数が多いので驚きましたが、同時にくだけた感じで話すことが気になりました。

「それでですね、ええと・・この近辺で不審な車を見かけたり、何か変わったことはありませんでしたか?」
Aは、自分たちはキャンプに行く途中で、特に変わった車等は見かけていない、と簡単に説明しました。
その間、B子は押し黙ったまま震えています。
警官は
「あっそうですか?いやー、別の車にも聞いてるんですがね。
ホントに何にも見ていないんですか?」
と言いながら、ジッと私たちを見つめていました。
私たちは、実際に何も知らないので話すことがありませんでした。

しばらくすると警官は
「ご協力ありがとうございました!」
と言い、意外にあっさり私たちの検問が終わりました。
いざ車を発進させるときまで、B子は緊張のあまり顔が仮面のように固まってました。
Aが車を出そうとサイドブレーキを戻すとき、独り言のようにボソッと言いました。
「早く成仏せえよ」
私はその言葉を聞いた瞬間、無意識にAをにらんでいました。
警官にも聞こえてしまったようでした。
一瞬、警官の顔が強張ったように見えました。
恐々とサイドミラーを見ると、警官はニヤリと不気味に笑いながらこちらを見ているだけした。

その後は問題もなくキャンプ場にたどり着きました。
キャンプは楽しく、近所の人まで参加してワイワイ騒ぎました。
その時に地元の人に聞いた所、数年前トンネルで検問中に警官がひき逃げに遭い亡くなったことがあったそうです。

その警官の一周忌を迎えた頃から、夜な夜なそのトンネルに出没し、自分をひき逃げた犯人を探しているそうです。
私は酔ってたこともあり、感情を大きく動かされました。
その警官を怖がったことを恥ずかしく思い、トンネルに向かって頭を下げました。
いずれ真犯人を見つけ、安らかに成仏できることを心から願いました。

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