海水浴
仕事に追われ、家族サービスを満足にできなかった男。
タイミングに恵まれ、男は珍しく長い夏休みを取ることができた。
たまには家族サービスをして良い所を見せたいし、何より気分転換ができる。
妻と小学2年生の一人息子との家族会議の末、隣の県の海まで行こう、ということになった。
8月上旬、海岸は大勢の人で賑わっていた。
浜辺近くの道路では、カキ氷やたこ焼きの露天に人が群がっている。
何とか車を停めるスペースを見つけると、妻と息子は競うように外へ飛び出した。
男は車を停めて、妻と息子の後を追う。
視線の先では、妻と息子がビーチボールを抱えて白い砂浜を走って行る。
ふと、男は違和感を感じた。
男は妻子のもとへと走り寄り、強張った顔で言った。
「帰ろう、急いで」
戸惑う二人に有無を言わせず車に押し込んだ。
30分ほど車を走らせたところで、男はようやく口を開いた。
「・・・気付かなかったのか?」
妻は少し不服そうに問い返した。
「え?なにに?」
「浜の様子だよ」
「別に・・どこも変なことなかったじゃない。人も大勢いたし」
「その人たちが問題なんだよ。本当に気付かなかったのか?」
「え?どういうこと?みんなすごく楽しそうに笑っていたじゃない」
「・・みんな僕らを見詰めて笑っていたんだよ」

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