加藤順平

576 :本当にあった怖い名無し:2007/04/26(木) 22:06:26 ID:1mmvYtMv0

そいつは昔からの友達だったんだけど、気付くと何も無い方をじっと見ていることがあった。
加藤順平といって、俺の名前が宮下洋平。平で終わるところが同じだなんて小さい頃は話題にした。
小学校の頃の話だ。学校にリコーダーを忘れてきてしまった。次の日がテストだったので、何とか練習しないといけない。音楽はからきし駄目だった。
しかし外は日も暮れていい感じにカラスが鳴いている。今から学校に入ろうものなら暗い廊下に自分の足音を響かせる羽目になる。
そこで順平を連れて行こうと思い立った。本人はこれと言って口外しなかったが、何か見えているのが幼いながら自分には分かっていた。
そういう彼がいれば、レーダーよろしく安全を確保できると考えたのだ。
家に上がるなり「おばさん順平借りてくね」と断って、彼の手を掴み学校へと向かった。

学校に着く頃にはすっかり暗くなっていた。普通に怖い。下駄箱が暗い口を開けている。
しかしその口は残念ながら施錠してあるので、教員用玄関から入るしかなかった。
事情を説明して、まだ残っていた先生に入れてもらう。すぐ戻るんだぞと言われ、言われなくても駆け足で教室に向かう。
走ると音が反響して、得体の知れないものに囲まれる錯覚に陥る。なのでつま先で音を立てないように走った。
付いてくる音がある。幽霊ではなく、順平だ。
「な、洋平。俺トイレ行きたい」
「ば」
ばっかじゃねえの!?大声を上げてしまった。反響する。何か呼び寄せやしないかと背を縮める。
続けて「夜の学校のトイレだぞ!入れるか!」と小さく言った。

「うん、だから俺だけで行くからさ。先行っててよ」
しれっとこんなことを言う。
返事を聞く前に、すっと左手のトイレに駆け込む。入り際、電気のスイッチに指を滑らせた。明かりが洩れる。
俺は止まって、トイレと教室と、今いる暗い廊下を見比べた。
電気が点いていようがトイレに入るのは嫌だ。しんとした廊下で待っているのも嫌だ。教室に一人で入るのだって、嫌だ。
しかし教室はすぐ目の前にあった。ドアを開けて、電気を点けてしまえば他二つより怖くない。
うう、と声を漏らしながら、教室へダッシュ。10歩も駆けずにドアに手がかかる。開けて、すぐに電気を点けた。

間を置いて、蛍光灯独特の音を鳴らしながら教室が照らされた。足の無い女の子、首の無いおじさん、手の長い少年はいない。大丈夫。
自分の机に手を突っ込んだ。奥の方にリコーダーを入れるケースの手触りを感じた。よし、帰ろう。すぐ帰ろう。
ちーん、と間抜けな音がした。托鉢の坊さんがやるような、田舎に帰って手を合わせて鳴らすような音だ。
続けてまた、ちーん。そういう鳴り物が教室にある記憶は無かった。
すぐ後ろ、首の辺りと言っても過言ではない。ちーんとまた音がした。
机の中に腕を突っ込んだまま動けずにいる。中腰なので辛い。順平は、まだかと思う。あいつを連れてきた意味が無かった。
カラカラ…トイレから音がする。トイレットペーパーでも巻いているのだ。うんこか、あいつ。

ちぃーーん。
ひっと悲鳴が零れる。頭の上から音がした。臭い。嫌な臭いがする。
水の流れる音がした。うんこ流したか、急げ順平。助けて。
「わああああああああああああああああああああああああああああああ」
突如、怒号とも絶叫ともいえる声が教室に響いた。順平の声だ。一呼吸置いて、また叫んだ。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああ」
すっと肩が軽くなった。しばらく中腰のまま体勢を維持していたところ、肩を叩かれ腰を抜かした。順平だった。
「大丈夫?」
「いや、助かった。ありがとう」

それからすぐに教室を出た。右手にはしっかりリコーダー。廊下を一気に駆け抜けて、先生の顔も見ずに挨拶だけして帰路につく。
帰りの分かれ道、さっきの何だったの?と訊ねる。
あれは、黒い玉だったと応えた。玉が浮いて洋平にくっ付いていたと。
言われてもよく分からなかった。西洋妖怪の親玉かと鬼太郎の知識で返してみても、順平も分からないと答えた。
「俺ももう帰らなきゃ」
「あ、そうだな。スト2やってるのに悪かったよ。今日はありがとう」
「うん、それにトイレに紙なかったからさ、拭きたいんだ」
そこで別れ、家に着いた。リコーダーの練習をしながら、別れ際の言葉を思い出してぞっとした。

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