柘榴橋(ざくろばし)

227 :本当にあった怖い名無し:2007/03/11(日) 16:43:19 ID:z3x6ajor0

■柘榴橋(ざくろばし)

7月。買ってきた金属バットでガンッ、ガンッて。
中々壊れない。何度もガンッガンッ。
ガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッ
ガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッ。
…畜生。壊れないので、捨てました赤い指輪。
カーバンクルの指輪。

いつだったかしら。柘榴橋にいた行商人からあれを買ったのは。
思い出せないけれど、もういいの。
柘榴橋は市街地の西に、あります。小川に架かる橋です。
小川には名前はありません。でも橋は柘榴橋です。橋の下の小川まで7,8mはありました。
橋の横の階段から、小川沿いの小道に降りれます。でも二度と降りません。
あの道には二度と降りません私。

あそこは小川の脇に煉瓦とか石が積んであるだけの細い道で、アスファルトもぼろぼろです。
柵なんかありません。地元の人しか通らない裏道です。
柘榴の木がたくさん植えてあって、昼でも柘榴並木の陰になる静かで薄暗い道です。
それが橋の名前の由来なんです。

去年の初夏。私は彼氏と柘榴橋で待ち合わせをしていました。
けれど寝坊をしてしまいました。それで、小川の道から柘榴橋へ急いだんです。
昼なのにとても静かでした。急ぎ足の自分の吐息だけが聞こえます。
そこへ、柘榴の実が突然目の前に落ちてきました。
思わず歩みを止めます。
腫れ上がった果肉の裂け目の奥から、赤い柘榴の種が覗いていました。
よく見れば、柘榴は道のそこかしこに転がっていました。

「…っていただけませんか」
気が付くと道の向こうに子連れの女が立っています。その女はにっこり笑ってもう一度言います。
「ざくろ、拾っていただけませんか」
私はいくらか戸惑いましたけれど、たったいま落ちてきたその柘榴を手渡しました。
するとその母親は自分の子供に、帽子を被った5歳ぐらいの男の子に、
その柘榴をやりました。子供は柘榴をがりがりかじり始めました。
地面に落ちていたものなのに。どういう親かしら。
がりがり、ぼりぼり。子供は柘榴の種を頬張りながら小さい声で時々つぶやきます。
「…ろぉい…ぉぃしいのぉ…」
柘榴をかじっているので何を言ってるのかわかりません。
「じゃくろおいしいのぉ…うふふふふふ」
ああ、柘榴おいしの、と言っているのね。でも気味が悪い。
顔中が柘榴の汁でべたべたになってしまっているじゃない。
私が侮蔑的な気持ちでその子を見ていると、母親がにっこりしたまま言いました。
「綺麗な指輪ですね。」
「ああ、これお気に入りなんです。今からデートなんです。
あらいけない、もうこんな時間ね。すいません、今急いでるんです。」
私がその場を立ち去ろうとしたとき、そのときでした。
子供が何か、何を言ったのです。
「…のんじゃおっか」
さっきまでと調子のちがう声色でした。
今なんて言ったのかしら。
私がその親子とすれ違ってから、子供はもう一度何か言いました。
「けつえきのんじゃおっか」
え?私は振り返って、親子の後姿を見ました。
互いに笑いあって何かを話していました。
私はなんだか背筋がぞくっとしましたが、とにかく柘榴橋へ急ぎました。

階段を上がって柘榴橋の大通りまででてしまえば、
さっきまでの気味悪い気持ちはどこかへいってしまいました。
何かの聞き間違いに決まっています。
気にすることではありません。
…ところが、時間になっても彼氏は現れなかったのです。
30分待っても、彼氏は現れなかったのです。
1時間待っても、彼氏は現れなかったのです。
2時間待っても3時間待っても現れないで、とうとう日が暮れだしたのです。
彼に何かあったのかしら。電話にもでてくれないし。
それとも私が何か嫌われることをしたのかしら。
夕日の柘榴橋で私は酷く打ちひしがれ、不安になっていました。
もう今日は帰ろう、そう思ったときです。
あの帽子をかぶった子供が橋までのそのそあがってきたのです。
「じゃくろおいしいのぉ…じゃくろおいしいのぉ…」
柘榴をばりぼり喰いながら、気色悪いガキはぶつぶつ呪文のような言葉を吐き続けます。
「じゃくろおいしいのぉ…ぉいしことぶわぁわ…けつえきのんじゃおっかぁ」
帽子の影の奥で光るガキの眼は、夕日のせいか血のように赤く見えました。
「血液飲んじゃおっかぁあ…血えきぃいいい飲んじゃおっかぁあああぁああ」
そのガキは突然橋の柵に上ったかと思うと、
何かを絶叫しながら遥か下方の小川へ飛び降りました。
私は驚いて、橋の下を見下ろすとそこには…。
「ぉおおおお…おおそんな…いや……いやあああああああああああああああああ」

そこで私の夢はいつも醒めます。
そして嗚咽をもらして泣きながら唱えるのです。
「じゃくろおいしいのぉ…いしことぶわぁわ…けつえきのんじゃおかぁ」
今ではぁ、あの忌々しいクソガキがぁ、何を唱えてたのかぁ、理解、できましたぁ。
「ざくろいしのいしことばはけつえきのじょうか」
カーバンクルのぉ、和名はぁ、「柘榴石」なのぉ。
柘榴橋で買った、あの柘榴石の指輪が全部悪かったのぉ。
クソガキは≪柘榴石の石言葉は『血液の浄化』」≫って言っていたのぉ。
うふ。
あはははは。
あは、あは、あはははははははははははははははは、
橋のぉ、下にはぁ、私のぉ、彼がぁ、落ちてましたぁ、
彼のぉ、頭部はぁ、柘榴のぉ、実みたいにぃ、ばっくりとぉ、割れてぇ、
コンクリートのぉ、川底とぉ、衝突してぇ、全身がぁ、破裂しちゃってぇ、
肉壊のぉ、裂け目からぁ、小川にぃ、体液がぁ、流れちゃってぇ、
血がぁ、血がぁ、血液がぁ、もう一滴もぉ、残ってませんでしたぁあはははははは。
人通りの多い橋なのにぃ、彼が落ちたところをぉ、見た人は居ませんでしたぁああ。
あは、あははははは……。
……………。
7月。買ってきた金属バットでガンッ、ガンッて。
捨てました、あの赤い指輪。

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