川沿いの林の中を走る道

263 :1/3:2006/09/02(土) 11:22:46 ID:cuHrSlaE0

長い上にあんまり怖くないですが。

田舎の高校生だった私は、15キロほどの自転車通学をしていた。
そしてその途中、川沿いの林の中を走る道がとても嫌いだった。
うっそうと繁る木々は昼間でも陽の光をさえぎり、3キロほど民家もない。
あるのは墓地と廃屋、廃村跡。なんでもハンセン氏病の患者を隔離していた村だったらしい。
その薄暗いな村落跡地の林の奥にはなぜか養豚場があるが、普段人の気配はしない。
夜ともなれば真っ暗闇で、部活に打ち込んでいた私は9時、10時にそこを通ることも珍しくなかった。

異変に気付いたのは高校1年生の9月頃だった。
いつものように、すっかり日の落ちた帰り道。相変わらず暗い林の中を少しペースを上げて走り抜けようとする。
うるさいほど、虫の声。蛙の鳴き声も。
墓地の前にさしかかる。
墓石の数は10にも満たないような小さな墓地。
左側に墓地、右側は木を挟んですぐ川だ。
その日に限り横目でちら、と墓地を見た瞬間、
虫の声がぴたりと止んだ。

聞こえるのはただ川の流れる音だけ。
全身が総毛立つのを感じながら、ペダルを力一杯踏み込む。
物音を立ててしまうと何かが追いかけてくるような気がして、
叫ぶこともできず、振り向きもせず、あえぐように全力で自転車を走らせた。
しばらく走ると道は曲がり、川から離れていく。
気がつくと、また虫の声はにぎやかに響いていた。

結論から言えば、他には何事も起きなかった。

さすがに次の日はそこを通ることがためらわれ、別の道を通ることにした。だが田舎の悲しさ、30分以上余分に時間がかかってしまう。
恐怖と通学時間を計りにかけ、私は結局同じ道を通ることを決めた。

そして、次の日も。
そのまた次の日も。
墓地の前にさしかかると、必ず虫の声が止んだ。
だけどそれだけ。他に何があるわけでもなく、いつしか私は不思議がることも忘れていった。
冬になれば虫の声はどこにもなくなる。2年目の秋。相変わらず墓地の静寂は続いていたが、私は何も感じず通学を続けていた。

そして高校3年の秋。
9月の始めに来た大きな台風。私の集落も大雨に見舞われ、特に川沿いでは土砂崩れが何カ所にも渡っていた。
あの墓地も地滑りに襲われ、墓石もいくつか流されてしまったらしい。
台風が去ってすぐ重機が入り、道周辺は早いペースで修復されていった。
墓地も、真新しい墓石が立てられ、私は再び同じ道で通学を始めた。
ちょうど秋も深まり、虫の声がうるさい季節。
図書館に残っていた私がいつもの林を通る頃、周囲は暗闇。
そういえば、と私は唐突に思い出した。
あの「静かな墓地」の前を夜通るのは久しぶりかもしれないな

木々の間をくぐり、すっかり整備された墓地の前へ。
意識しているせいか、虫の声がとてもうるさく感じる。
真新しい墓石は夜目にもしっかり見える。
虫の声は変わらずうるさい。
おかしいな?そんな風に思いながらも自転車を進ませる。
虫の声は変わらずうるさい。

何の変化もなく、私は林を抜けて家へ向かった。
なんだ、何事もなかったな・・・
墓が流されて・・・
私ははっと気がついた。
やはり、あそこには何かがいたんだ・・・!

私は、急に猛烈な恐怖に襲われ、2年ぶりに全身総毛立った。
あそこにいた「何か」はどこにいってしまったのだろうか?

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