黒いボール
289 :本当にあった怖い名無し:2006/07/05(水) 18:04:18 ID:C4b1DjmO0
久しぶりに文字だけでゾクリと来た。
怪談之四 「黒いボール」
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N子さんがその洋服タンスをすっかり気に入り、リサイクルショップから配送されてきた翌日、彼女はその内部の異物に気付いた。
それは古びたゴムボールだった。黒っぽい茶色に僅かに緑の汚れがある。
子供が遊びつくした後のような、汚らしいゴムボールが、洋服タンスの引出しの中に入っていたのだ。
彼女は当然のことながら大変気味悪がり、翌日にはそのボールをゴミとして捨てた。
学生の彼女が日中の講義を終え、マンションのドアを開けた時、
ドアが何かを弾いたのに気付き、そしてその弾かれた物を見て悲鳴をあげた。
捨てたはずのボールが、そこにあったのだ。
彼女はその翌日も、その翌々日もそのボールを捨てようとするも、すべて徒労に終わった。
何度やっても、帰宅する頃には部屋のどこかにそのボールが在った。
まるで自然にそこにあったかのように。休日にも試みたが、夕方頃にいつの間にか部屋にあるボールを見て彼女は崩れ落ちるしかなかったという。
彼女は精神的にすっかり参ってしまった。
クラスメイトのTさんにそれを打ち明けると、彼女は真摯に相談に乗ってくれ、部屋を訪れてくれた。
テーブルの上のボールを挟んでの、知恵の出し合いが始まった。
「ひょっとしたら、タンスに引き寄せられてるんじゃないかしら」
Tさんのその仮説にまさか・・・・と思いつつも、否定できないN子さん。
念には念を入れ、タンスを処分してはどうかという話になった。
そのボールを気味悪く思いながらも、タンス自体はたいへん気に入っていたN子さんはその提案にやや逡巡してしまったという。
その時、N子さんの膝がテーブルの足に軽く当たり、ボールがTさんのそばを転げ落ちていった。
反射的にTさんがそのボールを拾う。
Tさんの顔色が変わった。
「N子・・・・このボール、直に触ったことある?」
「まさか。触る時はいつもティッシュ越しだったし、眺めるのも怖かったぐらいよ」
「・・・・あんた、これ黒いボールじゃないよ!緑色のボールのほとんどに、黒いなんかがこびりついてるのよ!」
翌日、N子さんはタンスを処分し、ボールを近くの寺に供養してもらいに持って行った。
不安対象をすっかり排除し、彼女はすっかり安心したという。
その日はぐっすり眠り、次第に普段の学生生活へと戻っていった。
そして学園祭の季節の頃。
運営委員を務めていた彼女はすっかり疲れ果てて遅くの帰宅の後、ベッドで眠りについた。
夢の中、彼女は中年の男性になっていた。
古びたアパートの一部屋で、女性と口論をしている。何を言い合ったかは覚えていないが、自分―夢の中の男が発したこの言葉だけは何故か鮮明に覚えているという。
「どうして・・・・どうして生んでくれなかったんだ!!」
男の握った鈍い光を放つ包丁が、女性の胸につきたった。
そこから始まった凄惨な光景を、彼女は今でもありありと思い出せるという。
男は彼女の下腹部を裂くと、嗚咽を漏らしながら、そばにあるものを詰めこみ始めた。
―ガラガラ、小さな衣類、おもちゃ・・・・生まれてくるハズだった子供のために、男が用意していた物達・・・・。
最後に男が女性の腹に詰めた物を見て、彼女は悲鳴とともに夢から覚めた。
それは、あのボールだったのだ。
恐怖と嫌悪でいっぱいになりながらも、彼女は無意識に現実に戻る材料を探すべく、腕をふるい、時計を探した。
だが、その手が掴まえたのは、在るはずのない、在ってはならないあの黒いボールであった。
彼女はしばらく入院していたが、半年前にその病院から去ってからの消息はTさんですら知らないという。
タンスも、その黒いボールも今はいずこにあるとも知れないという。