アパートの取り壊しが決まり

974 名前:1/3 :2005/11/02(水) 19:31:58 ID:bawXvkoJO

アパートの取り壊しが決まり、住人は次々出て行き期限の日、最後に私だけが残っていた。
眠気に勝てないタチの私だが、さすがに引っ越し前夜は夜を徹して片付けに取り組んだ。

眠気と戦いながら、黙々と作業をしていると、どこかから目覚ましのような音が聞こえて来た。
時計を見ると03:20。誰かが目覚まし時計を置いて行ったんだとしても、鳴る時間が不自然だ。
部屋をうろつくが、やはり自室から鳴っているには遠い音だ。なんだか薄ら寒い感じがしたので、景気づけに尻をバンバン叩きながら
「びっくりするほどユートピア!びっくりするほどユートピア!」と叫んだ。このアパートには他に誰もいないんだ、馬鹿なことをしてスッキリしよう。
静かな夜闇に私の声は空しく響き、なんだかひどい脱力感に襲われ、その場に座り込んでしまった。

やっぱり徹夜なんて無理だよなぁ。少し仮眠を取ってみよう。

布団は荷造りしてしまったので、座布団の上でうずくまると、我慢していた眠気が押し寄せて来た。
目覚ましみたいな音はまだ鳴り続いていたが、慣れてしまったのか、気にならなかった。睡魔が勝った。

「カカン」
その音で目が覚めた。
階段の鉄板を踏む音だ、と思った。
どのくらい経ったろう。外はまだ真っ暗で、あまり時間は経ってないようだった。
朝刊には早いんじゃないか。だいたい―2階には、もう誰もいないじゃないか。
それに、階段の音は降りる音だった。

視界が霞んでいる。目を覚ましたばかりだからかと思っていたが、違う、これは…

体が動かない…

ああ、金縛りだ。
そういえばこのアパートに入居すぐ、風邪をひいて昼寝したら金縛りにあったっけ。
あの時も音が聞こえたが、上の階に住む人の生活音だと思ってた。

今日は、誰も、いない

目覚ましみたいな音はまだ続いている。まるで耳鳴りのようだ。
体のどこかを動かそうとする。感覚的には動いているはずなのに、視界に映る腕は微動だにしない。
動け、動け、動け!
もがいてみるが、やはり体は動いていない。
焦り出す。心臓が冷える。視線だけが動く。しかし、右側の視界が狭い。
身体の右側面の体温が下がる。何か、黒い塊のようなものを感じる。
怖い。何かが見えたらどうしよう。でも目を閉じるのはもっと怖い…!

右側がさらに冷たくなった。黒いものの気配がする。
迫るようで、覆い被さるわけではない。圧迫感のような―――

鳥肌がたった。
何かは右肩に触れた。
目覚ましは鳴りやまない。
肩に、触れているような感触。

目覚ましがBGMのように聞こえた。
「それ」は私に寄り掛かっているようだった。
心臓が高鳴る。
体を動かさなくちゃ、と思う一方、動かしちゃダメだとも思う。
それになんだか、怖いけど嫌な感じがしない。落ち着くような感じがするのだ。

不意に身体が揺れた。
居眠りした時の「がくん」という動きだ。
それを合図に、ぱちんと金縛りが解けた。
視界もくっきりした。

右側にはもう、何も感じない。目覚ましも、鳴りやんでいた。
時計をみると、一時間が経過していた。

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