細長いリボン

842: 雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ 2005/04/09(土) 16:36:21 ID:Qq/Gl4iE0

知り合いの話。
秋山で、一人露営していた時のこと。 
そろそろ寝ようかという頃合に、微かな音が聞こえた。 
音のする方を見やると、営地の外れで黒い影が踊っていた。

黒く濡れたような細長いリボンが、回るように歌うように踊っている跳ねている。 
鼬だった。白く大きな満月の下、一匹の鼬がクルクルと舞っていた。 
まるで水墨画がそのまま動き出したような、幻想的で幽玄な雰囲気に飲み込まれ、 
そのまま魅入ってしまったそうだ。

どのくらい経ったのか。我に帰ると月は既に傾き、鼬も消えていた。 
頭を一つ振ると、左の手首に鋭い痛み。ぱっくりと傷が開いており、血が出ていた。 
幸い傷は小さく血も止まりかけていたので、応急処置をして寝たという。

山を降りてから、知り合いの炭焼きにこの話をしてみた。 
「そりゃ化かされたな。あいつ等の中には血吸いもいるからなぁ」 
炭焼きが言うには、年経た鼬は人を化かすようになるのだという。 
そのような古鼬は、人間を幻惑して夢現の状態にできるそうだ。 
術にかかった人間が桃源郷に遊ぶ間に、ゆっくりと血を吸うのだと。 
「大して出血する訳でないし、怪我も小さいけど、一応注意しとけ」 
そう言いながら、炭焼きは竹で焼いたという塩を振りかけてくれた。

彼はそれを聞いても、なぜか怖いとか嫌だとかは思わなかった。 
以来、苛々したりすると、あの白と黒の情景を思い浮かべるようになったという。 
そうすると不思議に心が静まるのだと。 
「俺は未だに化かされているのかもしれないな」 
そう言う彼の顔はどこか穏やかに見えると、私は最近思うようになっている。

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