アナマドイ

873: 雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ 2005/04/10(日) 21:08:48 ID:DUcB6f2h0

同僚の話。
彼は実家の裏山で、不気味な物を見たことがあるという。 
家族が副業で佃煮を作っているので、その手伝いで山菜獲りをしていた時。 
ついうっかり、普段足を踏み入れないような奥にまで入ってしまった。 
引き返そうかと考えていた彼の耳に、奇妙な低い音が聞こえた。

 ふしゅー じゅしゅー

どうやら大きな動物の鼾のよう。 
何だ何だと思い見回すと、視界の外れ、大きな黒い石の脇にそれがいた。 
最初は羊歯の下で、黒タイヤが山を成しているのかと思った。違った。 
タイヤの表面が波打っている。息をしている。 
かなりの大きさの生き物が、そこで蹲って寝ていたのだ。 
高さは彼の膝ほどもある。起き上がると一体どれほどあるのか。 
体表面に何個も突き出しているのは、逆刺であろうか。 
一回深呼吸をして息を整えると、できるだけ足音を潜めて、一目散に下山した。 
幸いにも、それが目を覚ますことはなかったようだ。


家に帰ってから、祖父に奥山で見たことを話してみた。 
お祖父さんは鋭い目で彼を見返すと「そりゃアナマドイだろう」と言った。 
「蛇だよ。いや蛇だったと言うべきか」
俗に穴惑いとは、秋の彼岸を過ぎたのに、冬眠をせず穴にもこもらない蛇のことを 
言うらしい。俳句では秋の季語にもなっている。穴蝮と呼ぶ地方もあるようだ。

確かに言われてみれば、どこか蛇のような雰囲気も感じられた。 
しかし、あの姿形や大きさはどうしたことか。彼がそう不思議そうに呟くと、 
「蛇であることを辞めたモノは、まともな蛇の姿では居られんのだろうよ」 
お祖父さんはそう言ってから「哀れなことだの」と、ポツリ付け加えた。

冬眠することを自ら止めた蛇は、一体何になるのだろうか。

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