見世物小屋

369 :まお :05/02/15 15:26:54 ID:hjw9YliK0
ボクのママンが子供の頃は、神社の祭りがあると、「見世物小屋」がかかった。広い境内に、三つも四つも小屋が作られた。
小屋の周りは、ゴザで囲まれていて、入り口には、極彩色で書かれたおどろおどろしい大きな絵看板がかかっていた。
入り口の横では、台の上に乗った「木戸番」という人がいて、小屋の中でどんなに面妖奇奇怪怪な見世物が展開されているかを、独特の口上で叫ぶようにタンカを切っていた。 

「さぁ~、お代は見てのお帰りだ、ヘビ女だよ~、ヘビ女だ。千代ちゃんは、ヘビを見つけるとむんずと掴み、頭を噛み切って生き血を啜り、ムシャムシャと食べてしまう。
隣にいるのは牛女だ。
親の因果が子に報い、牛女のお乳は八つもある。
お客さまにとくと見ていただきたい、、、、」と立て板に水の如く口上を述べていく。
そして、更に口上に勢いがつくと、太鼓の音が殊更に大きくドドンドンドンドンと打ち鳴らされ、ジリリリリーーとベルが大きく鳴り響いて、ここぞとばかりに木戸番がお客を小屋に誘い込むのである。 

ボクのママンも他の客に押されるようにして入って行った。そこで見たことは割愛する。
問題は小屋を出た後である。
ママンは好奇心の強い子で、育ちのせいもあり、ものおじをしない子だった。
境内の参詣人の流れから外れて、見世物小屋の裏に回ってみた。
小屋の後ろには、小さな小屋があって、そこからは水が地面にじわじわーと広がって水溜りを作っていた。
ママンは、そこを避けて通ろうとしないで、わざわざ水溜りの浅い所を選んで、ズックに水が沁みこまない様に、飛び飛びに歩いた。
丁度小屋の側に足を置いた時に、赤ちゃんの弱々しい泣き声が聞こえた。 

仕切りのゴザをちょっと押すと小屋の中が見えた。
女が赤ちゃんのオシメを変えていた。
その赤ちゃんには、両足と両腕がなかった。
両足の付け根が見えた。
赤黒く変色して、ゴツゴツとしてみえた。
部屋の天井には、夥しい包帯が吊り下げられて、干してあった。
血に染まった包帯もあった。
赤ちゃんは、口をパクパクとさせて、小さな声で泣いていた。
女がママンに気付いて、振り返った。
ママンはワッと声を上げて、驚いた。
女の顔には、目があるはずのところに、何も無かった。
額と同じ様に、のっぺりとしていた。
ハナのあるところには、細長い黒い穴が二つポツンと開いていた。
唇は厚く、口はカエルのように、横に長かった。 

ママンは固まってしまった。
すると突然肩を掴まれた。
後を見ると、見世物小屋のハッピを着たじいさんが立っていた。 
「危ないから、来ちゃあダメだ、向こうに行ってろ。
あのな、今見たことだけどな、誰にも言っちゃあダメだぞ。
分かったか。
かあちゃんにも言っっちゃぁダメだ。
誰かにはなしたら、あのおばちゃんがお前を連れに来るぞ。」
恐ろしい顔をして、ママンに言った。
ママンは小屋で見たことを、その日以来三十数年間誰にも言えなかった。 

ママンは、昨年の暮れに病院で、小屋の一件をボクに話した。
で、先月また病院に行って、ママンに会った。
ママンは怯えた目をして、ボクを見つめると、一枚のメモを出した。 


ママンのメモには、『7月第三日曜日 ○○の護国神社夏季大祭』と書かれてあった。 
ここに行けば、私の見たものが何か、みんな分かるはずと言った。
何回聞いても、それ以上は頑として話さなかった。
たぶん大祭では、イベントで見世物小屋がかかる筈だ。 
ボクは、今年の夏期休暇は、7月にこの地方に行くよ、と約束をした。
その後ママンの病室は、看護師詰め所の横に移った。
もう回復する見込みは無いかも。 

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