般若心経

517 :本当にあった怖い名無し:05/01/08 12:31:21 ID:E/5X+D/k
何日も続いていた微熱は、その日の深夜にとうとう39度近くなった。 
俺は熱に浮かされながら、ベッドに横になっていた。外は春風がうなっている。 
いやに生暖かいのは俺の身体か、うつらうつらと思いながら、ふと気がついた。 
耳元に聞えてくるのは風の音じゃあない。誰かお経をあげている。 
──般若心経(字がわからん、これでいいか?)だ。 
熱があるにもかかわらず、俺は考えていた。今は深夜の11時半ごろだ。 
こんな時間、誰がお経を唱えるんだ?  
──近所にお通夜でもあって、お経を唱えてるとか、有りか? 
俺はふらふらと起き出して廊下へ出た。足の裏がひんやりと冷たい。 
夢じゃないんだなと、俺はそれでもしっかりと確認していた。 
家の南側は雨戸が立て切ってあるが、北側のトイレの窓からなら外が見渡せる。 
俺はなぜか思いつかず、電気もつけずに、真っ暗なトイレから外を眺めた。 
ふわっと生暖かい風が顔を包む。頭上では風が電線をうならせている。 
なぜだか俺はちっとも怖くない。もしかしたら葬式の行列みたいなのが見えるん 
じゃないかと、小さく区切られた暗い戸外に熱っぽい顔を突き出して、俺は辺りを 
見回した。 
もちろん、その辺は真っ暗。隣家も寝静まっている。れれっ? 
読経の声は高まるばかりだ。ひとりじゃない。坊さんが何人も唱和しているエコって 
るじゃん。 
──こりゃあ、高熱による幻聴だ。 
と、思ってみても、耳を聾せんばかりの読経は続く。 
俺は般若心経の冒頭だけは知っていた。なんと書くか知らんが、 
「はんにゃはらみたじ」とかいうんだ。そこで、だ。 
幻聴だとしたら、俺の知らんその先まで唱えんだろうと、思いついたんだ。 
俺は冷たい廊下に突っ立ったまま、耳を澄ました。 
はん、にゃ、は、ら、み、た、じー。。。 
何度聞いてもその先はエコーにまぎれて聞えない。 
俺は不思議な安心感に満たされて、またベッドに戻ったさ。 
はっきりと耳に幻聴を聞きながら。 

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