釣り針

463: 雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ 2006/08/10(木) 18:52:20 ID:o2Kt/AEE0
知り合いの話。
気心の知れたキャンプ仲間で、山小屋に泊まった夜のこと。 
彼女を除いたメンバー皆が、そこの常連だったらしい。

そろそろ消灯しようかという頃合、小屋の扉が極々小さな音を立てた。 
カッという感じの、鋭い物が木に突き立つような音だった。 
一番の年長者が扉に寄ると、何も言わずにしっかりと戸締まりをする。 
皆が平然としていたので、彼女もそれ以上奇異には思わず、寝入ったという。

夜が明けて、顔を洗おうと彼女が扉を開けると、そこには異様な物があった。 
数え切れない程の釣り針が、扉の表に食い込んでいたのだ。 
釣り針からには黒い糸が結ばれており、延々と山の中へ伸びている。 
端がどこに繋がっているのかなど到底見えない。

あまりのことに彼女が扉前で突っ立っていると、他の者も集まってきた。 
「おや、昨夜は仰山来よったな」 
「山ン中に獲物が少ないのかもしれんね」 
誰も驚かず、普通にそんな会話など交わしている。

事情がわからないのは彼女一人のようだった。
「この山には昔から、物騒な女が居てね。 
 動物を針で引っ掛けてさ、山の奥へ連れて行くんだ」

内一人がそう教えてくれた。見てごらん、そう言って黒糸を指差す。 
指摘されて、初めて気が付いた。 
黒い糸は、すべて人の髪の毛を結わえて作られた物だった。

出立前に一人が鉈を持ってくると、黒糸をぶちぶち切断した。 
引き抜いた釣り針とは別にして、麓でゴミとして処理するのだという。 
彼女は怖れをなしたが、あくまでも他の皆は普通に振舞っている。 
結局それ以上、変わったことは起こらなかったらしい。

「これって、山姥みたいな存在だったのかなぁ」 
彼女はそう不思議そうな顔をしていた。

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