無駄死に

1733 :Who:2012/11/12(月) 17:26:05 ID:PFqCaG0cO
すみません、場違いですが長い独り言と思ってください。


湿気に満たされた古い墓場。
腐り、変色し、もはやそこに書かれた字も読めず、緑の蔦が巻き付いた塔婆。
数年、いや数十年は放置されていたであろう苔むした墓碑。


そこは彼が人生の最期を迎えるに適した場所だった…


『今までお世話になりました。
私は、明日死にます。』

昨日、この短いメールの文面を彼は少ない友人に飛ばしてきた。


家族には言えない…
でも、もしかしたら、

メールを受けた誰かが、泣きながら私に電話してきて死を思い止めさせてくれるかも知れない。
メールの内容があちこちに行き渡って、好きなあの娘が私に会いに来てくれるかも知れない。


しかし、彼のそんな妄想が叶うことは、結局無かった。


そして、彼はこの自殺旅行の道中、ずっと携帯のメール受信Boxを気にしながら、ついには最期を決意したこの荒れた墓場に辿り着いてしまった。

自殺の為にと用意してきたのは、ビニール紐と、大量の睡眠薬だった。

首を吊るか?薬で眠るか?
彼の死に際にはその二択が用意されている。


墓場の中の一番大きな墓石の石段に、彼は腰を下ろすと己の最期を決める死に方に悩み始めた…

首を吊れば目を充血させ、糞尿を辺りに撒き散らしながらの汚く、見るに耐えない死に様を晒す事になるだろう。
仮に、己が死体が発見されたとしたら、そんな姿を皆の前に晒すのは嫌だ。

彼は睡眠薬による死を選んだ。
そして、大量の睡眠薬を道中買ってきた水と共に一気に飲み、墓石の石段に横になりゆっくりと目を閉じ、醒めることの無い眠りについた。


…………


『ねぇ。』

その声に彼は飛び起きた。
誰も知らない様な、山奥の廃村の小さな墓場。
辿り着くには泥だらけの山道を2時間以上も歩く必要がある。
こんな場所に人など来ないと思っていた…

しかし、今、目を開けた彼の瞳は小さな子供を捉えていた。

驚きの余りに声も出せずに居る彼にその子供は語りかける。

『お兄さん、死ぬの?
ねえ、死ぬの?』

「え、あ、あぁ…」

彼はやっと声を振り絞った。

『そうなんだ~。
でも、何で死ぬの?
友達が少ないから?
好きな娘に振り向いてもらえないから?』

『死ぬのってさ、無駄じゃないかな?
僕ならそんな事する前に一生懸命やれる事するけどなぁ。』

「…………」

『あ!そうだ。
見せてあげるよ、今皆がどうしているかを。
知りたいでしょ?お兄さんが居なくなった後に皆がどうしているか?』


子供がそう言うと、彼の視界が霞み、彼の数少ない友人と想いを寄せていた彼女が見えてきた。

しかし、その光景は彼が想像していたそれとは全く別の物だった。
友人達は彼が飛ばした無題のメールを開封すらしておらず、いつもの日常を楽しんでいる。
想いを寄せていた彼女には既に彼氏が居る。


誰も、彼の事を気にしていない。

誰も、彼に興味を持っていない。

誰も、彼の命に執着しない。


自然と彼の呼吸が荒くなる…
時期に訪れるであろう死の瞬間と、突き付けられた現実に興奮し、落胆し、肩を大きく上下させる様な正に死に際の呼吸を、彼はしている。

『どう?分かった?
無駄なんだよ、死ぬなんてさ。
それよりも、死ぬ気で自分を変えて、頑張るべきだったって、思ってるでしょ?』

「悔しい…
………死にたくない…」

『ははっ。お兄さん、もう駄目だよ。遅いよ。
でも………、』

『安心しなよ。
お兄さんの"身体"は、僕が変わりに使ってあげるから。』

「……………!!」



『それにしてもよ、あのメール。もう前の話になってるけど、あれはマジでヤバイと思ったわ。』

『ホント、質悪いわ、お前は。』
古い友人達がビールグラス片手に彼に言った。

「いやぁ、悪い、悪い。
でも、あの時はマジだったんだよ。
けど、今考えてもやっぱおかしい話だよな~。
それに何より、お前等がメール開封すらしてないってね…(笑)」
彼はテーブルに用意された彼女の手料理を皿に取りながら、友人達に言葉を返す。

『へぇ~。そんな事があったんだ。
なんか、実は変な人だった?(笑)』
念願の想いを寄せていた彼女が笑顔で冗談混じりに彼を茶化した。

『あ、そうそう。
私達の結婚式だけど、3ヶ月後の今日になりました~』
彼女は満面の笑みで、集まった皆の前で嬉しそうに言った。


彼は、変わった。


あの日を境に…

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