包帯

696 雷鳥一号 ◆jgxp0RiZOM sage New! 2013/11/13(水) 17:34:53.14 ID:VC/zp4PI0
山仲間の話。 

知己の山小屋に泊まり、酒盛りをしていた夜のことだ。 
玄関の方で物音がした。 
何だと様子を見に行くと、森に白い物が吸い込まれていくのが見えた。 

汚れた包帯の束だった。 
何か透明な筒にでも巻かれているかのように、ぐるぐる巻きになった布の筒が 
ふらふらと空中を漂っている。 
小屋から漏れる明かりで見えたのは一瞬で、すぐに木々の間に消えてしまった。 

「どうした?」 

振り向くと、小屋の主がつまみを下げて倉庫から戻ってきていた。 
奇妙な物がいたと、今見たもののことを話してみる。 

主は何とも言えない顔になったという。 

「かなり昔のことだがな、小屋の傍に猿が倒れていたんだ。 
 年取ってて酷い怪我をしてた。 
 群れからはぐれたか、追い出されでもしたんだろう。 
 つい仏心を出しちまってな。 
 手当てして包帯まで巻いてやった。 
 しばらくは小屋に居ついていたんだがな。 
 その内、傷が癒えたようで、フイッと小屋からいなくなっちまった」 

「野生動物ってのは大概、すぐに包帯なんぞ毟り取って外してしまうんだがな。 
 しかしアイツ、何を思ったのか包帯を外さなかったらしい。 
 それから毎年、手当てした頃になるとお返しに来るんだ」 

そう言って玄関を開け放つ。 
扉のすぐ外に、さほど多くはないが、山の果物や茸が丁寧に置かれていた。 

へえ、猿の恩返しか。 
そう和やかな気持ちになったが、一点だけ引っ掛かる。 
包帯ははっきりと見えたのに、その中身の猿の姿は何故見えなかったのか? 

「随分と前のことだって言ったろ。 
 まず、あの猿介は当の昔に死んでる筈だ。 
 あの時分でかなり老けてたからな。 
 お前が見たのは、真っ当なモノじゃないんだよ」 

主はしばらく森の奥を見つめていた。 

「もう成仏した方がアイツのためだと思うんだがなぁ」 

寂しそうにそう言いながら。 


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