みたまさん
420 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・ :03/02/25 23:47
ヨーガを始めたのが10年前。NHKで放送していたのを見てやり出した。
1時間半の作法の締めには瞑想をする。
ある時、無くし物があり困っていた時、瞑想中にスクーターのメットインの中が心に像として写る。
気になりだし、探して見ると書類が見つかった。
それからも度々無くし物があると瞑想し、有りかが像や文字で浮かぶ事がある。
ある時、教えてくれるのは何かが気になり、名前を聞いたら文字が浮かんだ。
「御霊」
しかし、呼び方は(みたま)と呼ばれる事の方が良いらしく、(ごりょう)と呼ばれるのは好きじゃないらしい。
今日も(みたまさん)に会社で紛失して出てこないファイルの有りかを聞いた。
自分=「会社にまだあるか?」
みたまさん=「ない」
自分=「捨てられたか?」
像が出てきた。
顔ははっきりしないが見覚えのある体型の男が、私のファイルをゴミ袋に外側から見えにくいように捨てている 。
自分=「これは誰か?名前を教えて」
みたまさん=「○ 健一」
自分=「あいつが?(以外)何故捨てた?」
みたまさん=「大嫌い」
自分=「私がか?何故です!?(確かに私には愛想悪い奴だが、奴がこんな子供じみた真似ごとするかな?)」
みたまさん=「働かないから」
自分=「えっ?(まあ、確かに俺は日頃からあんまり働かない)」
こうして交信は終わった。見つからないときは見つからないもんだ。
物を紛失した時だけ、その有りかを尋ねる「御霊(みたま)さん」は、精神統一がしっかり出来た瞑想中でないと交信が出来ない。
最初は普段思い出せない事を、意識を深めることにより記憶の奥から見つけているに過ぎないと思っていたが、全く知らない土地でのGPS並みの誘導もしばしばある事から、深層意識とは「違う」意識だと思っている。
私は昔からよく病気で苦しんだが、一番悲しかったのは19の頃、自宅の部屋で瞑想の真似ごとをしていた時に起きた異常な体感により、パニック障害に罹った事だった。
その日、仰臥の姿勢で瞑想していると、体中の中がレントゲン写真を見ているように無数の血管や全身の骨が見える。
(見えると言うより頭にダイレクトに映り込んでくる)
気味の悪さに中断を迷っていると、突然独りでに尻がキュッと緊張したかと思うと、腰椎の下から背骨を締め付けるような体感が始まった。
ハッとして目を開け、天井の照明を見る「なんだ?」 もう意識は覚め切っているが、背骨を締め付ける感覚は止まらない。それが頸椎まで来た時、いきなり頭部に大量の血液が流れ込むような感じがし出した。
それが治まらない。段々焦りが本物になってくる。上半身を起こして頭を振ったり、叩いたりしたら血の流れが引いてきた。
ホッとしたのは束の間だった。
血が急に引き過ぎたのかバッタリ上体を床に倒すと、目を見開いたまま呼吸も止まり、全く思考が停止してしまった。
「頭に何も思い浮かべる事が出来ない」
その数十秒は全く恐怖以外の何物でもない。
序々に考える事が出来るようになると、今度は猛烈な不快感と吐き気と動悸が襲ってきた。
体の震えが止まらない。
翌日、学校を休んだ私は飯田橋の病院の精神科に行った。
こうして私は2週間に一度、医師へ経過報告と精神安定剤を貰いに病院に行くことになった。
同時にパニックの発作も顕現し、偶発的に襲う発作も3年目には慢性的になっていた。
この時の生き地獄の記憶は、おそらく生涯忘れないだろう。
3年目のある日、ふと明日、本屋に行き 、霊能者と呼ばれる真偽の定かでない、いかがわしくもある連中の事を調べて相談に行こうと思った。
不思議な縁はこの時からだ。翌日、池袋のパルコの書店である本を見つけた。
「○ンチキ○能者に○されるな」
本の奥付を見ると出版日はまだ先だ。
つまり、まだ棚に並べられたばかり。
私はその本の著者で、東久留米で心霊相談の看板を掲げた○林氏に会いに行き、説明を聞き、浄霊なるおまじないをしてもらった。
「あんなもんで治る分けないだろ、気休めにしたって・・・」
8月の強い陽差しの帰り道、淡い期待を忘れかけていた。
それが本物になろうとは思っていなかった。
翌日からパニックの発作が出ない!
「神よ!○林大先生!」
帰りしなに○林先生が「~また怖いの来るようなら来なさい~」と自信ありげに放った言葉が耳に残る。
有り難てえ。
霊能がインチキだろうとなかろうと、これが暗示の効果だろうと有り難てえ。
後日、私は渋谷にある○京心霊相談所の○辺○治氏にも2度ほどこの件をネタに尋ねたのだが、ここでも異口同音に同じことを言われた。
この2者の霊感による託宣内容は余り一般的でないので、インチキ霊能者が創作するのは困難と思える。
よってここで私は初めて溜飲を下げる事が出来たのと同時に、何故3年も苦しんだ日々のあの日、霊能者に会おうと思い立ち、○林氏に会って病が治るまで、僅か一週間足らずだったのかが不思議に思えてならないのである。
その後、私は○辺氏の霊神(イチ霊神さん)の忠告と氏のアドバイスを守り、不遇は無くはないけれどなんとか生きている。