鎧を付けた男 - 桜金造

京都のホテルに泊まった時の話なんですよ。
フロントで鍵を渡されてエレベーターに乗りました。
部屋は五階だったんですよね。
それで降りて左を見たんです。
部屋はエレベーターのすぐ隣なんです。
向こう側が突き当りになっている。

その突き当り、非常口と書いてあるところに二人居たんですよ。
一人は体育座りのような格好をしていましたね。
そしてもう一人はすごく大きな男です。
後ろに立っていました。
それで二人共すごく疲れた様子だったんですね。
ただ不思議なことは、二人共鎧を付けているんですよ。
体育座りをしている奴は兜もしていました。
そして具足っていうんですかね、脛につけるやつです、それがオレンジ色だったことまでハッキリ見えました。
勿論この世のものではありません。

(しまった)と思った。
でもだいぶ距離がありましたから、心のなかで(そこに居ろよ)と。
俺の部屋はすぐそこだから、そこに居る分には構わない。
心のなかでそんなことを思いながら、部屋に入って中からすぐに鍵をかけました。

ガサガサガサガサ

すごい勢いですよ。
瞬間移動みたいなものですよ。
向こうに居た二人の落ち武者みたいな奴らが気配で居るのが分かるんです。
俺の部屋のドアの外に居るんです。

参ったなぁと思ったんですけどね、心のなかで(入ってくるな、そこに居ろ)と強く思った。
と、思うと元いた場所にスッと戻ったような気がしたんですよ。

(参ったなぁ、でも後は寝るだけだしな)

そう思いながら部屋の電気を付けっぱなしにして寝ることにしたんです。
夜中、ヒソヒソと話しているような、というよりミーティングをしているような声がするんです。

(あれ、何か廊下で話しているのかな)

違うんですよね。
ベットがあって、窓があって、そこが出入口なんですけど、それでこちらにバスルームがあって、ちょっと凹んだところがあるんですよね。
そこから声がしているんです。
勿論部屋には私しかいません。
でも他に三、四人の声がする。

(何を話しているんだろう)と思ってジッと聴いていると、おかしいんですね。
言葉が現代用語では無いんですよ。
姫をどうするとか、川はいつ渡るとか、ヒソヒソと話をしているんです。
それでそこは角になっていますから、姿は見えないんですよ。
姿は見えずに声だけ聴こえている。
一人、司会ではないんですが、仕切っている奴がいて、

「うんうん、次。
 うんうん、次」

と言っているんです。
あっと思った時にはもう金縛りですよ。
ここの窓は閉めているはずなんですよ?
それなのに窓に吊るしてあるカーテンが揺れ始めて、大きな黒い影が入ってきたんです。
チェックインした時にあの非常階段のところに居た大男ですよ。
真っ黒い影が枕元に立っているんです。
私は目を閉じてジッとしていました。

その時その大男が私の頭を蹴ったんです。

「次はお前だ」

その日はとうとう一睡もできませんでしたよ。

それからだいぶ経って、TV局の楽屋で俳優の前田吟さんが他の役者さんと話をしているのを横で聴いていたんです。
そしたら前田吟さんがね

「おい知ってるだろ。
 あいつ駄目らしいな」

「うん、知ってる。
 あの京都のさ、ホテル。
 あそこに泊まってな、そうそうあいつが。
 それから病院に行っちゃってるんだよ。
 入院してさ、何でも鏡の中から鎧を着た落ち武者が出てきて、それで一晩中首を絞められて死にかけたっていうらしいんだよな」

そのホテルなんですよ、私が泊まったホテルというのは。
(あーやっぱり本当だったんだなぁ、あれは夢じゃなかったんだなぁ)と思いましたよ。
京都のそのホテル、もちろん今でもありますよ。

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