幽霊 - 桜金造

そもそも幽霊が本当に居るのかという話なんですよ。
まぁ居るっていう人もいれば、そんなもの居ないという人もいる。
俺はね、居るんじゃないかなって思っているんだ。
ていうのはこんなことがあったの。

小学校四年生の頃の話だから、随分昔ですよ。
夏休みに近所の悪ガキたちを集めてお寺で遊んでいたんだ。
それでお墓で遊んでいたの。

お盆の近くだったからかな、何処のお墓もキレイに掃除がしてあって、
花が添えられてあったり、お饅頭みたいなものが置いてあったり、線香もあちこちで立ち込めているわけだ。
そうしたら遊んでいた誰かが「おい、何だこの墓汚ねぇなぁ」なんて言うわけよ。
見てみたら一つだけ離れたところに小さな墓っていうのかな、土がこんもりと盛り上がっていてその周りに石が置いてあるだけの場所なんだ。
でもそこは誰も掃除をしていないんだ。
草が荒れ放題に生えているしね。

それで俺も一緒に「ほんとだ、誰の墓だろ、汚ねぇな」なんて言ったりして、足で小石をポンと蹴った。
そうしたら石がゴロンゴロンと転がった。
それを見て皆はワーッと笑ったわけだ。
そしたら中の一人が「やめなよ」と言った。

「そんなことをしたらバチが当たるよ。
 夜中になったら幽霊になって出てきちゃうよ」

それを聞いた皆はまたワーッと笑った。
ハッキリ言って俺は少し怖かったんだ。
心のなかの何処かでは(あぁ、調子に乗ったなぁ。少し悪いことをしちゃったな)と思った。
だけど行きがかり上、「そんなもの居るわけねぇじゃねぇか」と強がったんだ。
まだ子どもだったからね。

「もしそんなものが居るんだとしたら上等だ。
 夜中まで待つ必要なんかねぇよ、本当に居るんなら今ここで出てきてもらおうじゃねぇか」

本当は怖かったんだけどね。
でも

「おい、聴こえてんのかこの野郎。
 居るんだったら出てこいや」

と意気がった。

「ほら、見てみろ。
 出てこねぇじゃねぇかよ。
 幽霊なんかいねーんだよ」

その墓にプッと唾を吐きかけて「帰ろう」と言った。
何だか急に帰りたくなって「つまんねーから帰ろう」と皆に言った。
そしてうちに帰った。

もう時刻は夕方だったなぁ。
そろそろ暮れなずむ頃って言うのかな。
そうそう、今思い出したんだけど、幽霊が出る時刻ってのがあるらしいんだよね。
これは江戸時代の文献にきちんと書いてあるんだよ。
よく草木が眠る丑三つ時なんて言うけど、丑三つ時っていうのは今で言うと午前の二時か三時くらいだけど、あれは違うんだな。
逢魔が刻(おうまがどき)っていう、悪魔に会う時って書いた言葉があるらしいんだ。
これはつまり夕方のことなんだよ。
夕方から夜に差し掛かる間、もしくは夜から朝になる間、つまりは明け方。
明け方とか夕方がやばいって昔の文献に書いてあるんだよ。

まぁそんなことは置いといて話を続けるけど、夕方の五時か六時くらいだったかな、俺はうちに帰ったんだ。
そしたら俺んちの前の玄関のところでお袋が立ってやがるんだ。

(あれ、俺なんも怒られるようなことしてないし、どうしたんだろ)

お袋、いっつも汚ぇ服と着てるんだよ。
それが一張羅着てさ、髪も綺麗にしてさ、化粧も綺麗にして、別人のようになって立っているんだ。
足袋も真っ白、綺麗な草履を履いて立っている。

(何をおめかしして立っているんだろ)

それで目があったから「おう、ただいま」って声をかけた。
そしたらお袋が「ただいまは一回言えばいいんだよ」って言うの。

(え、何言ってんだこの人は)

「俺さ、今帰ってきたから『ただいま』って言ったんだけど」

「違うよ、お前さっき帰ってきたじゃないか」

「いや、今帰ってきたんだけど」

「いや、そんなことはいいんだよ。
 お前はさっき帰ってきて『ただいま』って言ったんだよ」

(何言ってんだこのババアは)

「あんたもういいから、うちに入りな」

変だなと思いながら自分の家に入って、部屋に入ったんだよ。
それを襖を開けて、うぅっと思った。
中に誰かが居るんだ。
俺の勉強机のところに誰かが居るんだ。
勉強机に座ってやがるんだよ。

(あれ、勝手に誰が俺の机に座っているんだろう)

見たらそれは、俺なんだよね。
俺が向こうを向いて座っているんだよ。
何で俺だと思ったかと言うと、俺が一番気に入っているTシャツを着ているんだよね。
部屋もだいぶ薄暗くなっているんだけど、ちゃんとそれが見えるんだ。

(あれ、俺がもう一人居るぞ)

そう思いながらじっと見てたの。
凍りついて動けなくなって、そしたらそいつがゆっくりと椅子を回しながらこっちを振り向くわけだ。
俺は怖くてアッと目をつぶった。
そいつと目が合ったら俺は死んでしまうような気がしたんだ。

そこからは分からないんだ。
何十秒だったかもしれないし、何分も経っていたのかもしれない。
フッと気がついたら辺りは真っ暗だよ。
真っ暗な部屋の真ん中に俺は突っ立っていて、何だかゴチャゴチャと言いながら体が震えているんだ。
自分自身でも何なんだろうと思った。
俺は一体何を言っているんだろうと。
それで自分が言っていることを耳を澄まして聞いてみたんだよ。
そしたら「居るよ・・・居るよ・・・」と言っているんだ。

居るよ・・・居るよ・・・居るよ・・・居るよ・・・居るよ・・・

もう自分じゃコントロールが効かないんだ。
それで俺はすぐ(あぁ、さっきのお墓のことなんだな)と思って(すみませんでした)と心の中で謝った。
(もう二度とあんなことはしないんで勘弁してください)って。
それでも全然駄目でね、ずーっと「居るよ・・・居るよ・・・居るよ・・・」って言っている。
それでもう涙をポロポロ流しながら(すみませんでした)と言った。
そうしたら体がスッと楽になってフッと元に戻った。

もう怖くなっちゃったからこんなところには居られないと思ってすぐに部屋を出た。
それで怖いからお袋を探したんだ。
そしたらお袋は台所に居たよ。
だから「お袋」って声をかけた。
そしたらお袋がゆっくりとこっちを向いたんだけど、化粧もなんにもしていない顔なんだ。
あれから何分も経っていないのに。
元の汚ねぇいつものお袋に戻っているんだよ。

「お母ちゃん」

「なんだい、あんた今帰ってきたのか」

「あ、あぁ・・・」

「あんたさ、帰ってきたら『ただいま』くらい言いなよ」

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