同僚の死の真相

ある企業の下請け工場で働く従業員が
「おい、今日仕事が終わったら一杯やろうや」
という話になっていた。

それで就業時間が終わり、仕事が終わったはずなんですが機械の調子がどうも悪くて
清水さんと中川さんという方が居残り仕事になってしまった。

「なぁ悪いけど先に行っててくれないか。
 これは今日中に直しておかないとまずいんだよ」

それで三人は

「おー分かった。
 じゃあ先に行っているから終わり次第来いよ。
 待っているから」

そう言って先に居酒屋に向かった。

それからしばらく時間が過ぎて先に居酒屋に行った三人はもう良い具合に酔ってきた。
ところが清水さんと中川さんはなかなか姿を現さない。

「おいあいつら流石に遅いよな、何してんだよ」

三人でちびちび飲みながらそう話していた。

「じゃあさ、俺ちょっと電話掛けてみるよ」

そう言って一人が携帯電話を手に店を出て清水さんに電話を掛けてみた。
清水さんは電話に出たんだけども、ちょっとおかしい感じなんだ。
というのは慌てているのか、何かに怯えているのか、何だか唯ならない様子なんだ。

「あのな、実はな」

と、清水さんが話し始めたところでフッと目の前に中川さんが姿を現した。
そして「遅れて悪かったな」と言って店の中に入っていった。
電話越しの清水さんが

「今な、機械の調整中に中川が巻き込まれて、救急車で運ばれたんだ。
 俺も今から一緒に行かなければならないんだ」

「何言ってんだよお前、くだらない冗談を言っているんじゃないよ。
 中川ならたった今俺に挨拶して店の中に入っていったよ。
 お前だったどうせその辺に居るんだろ。
 すぐ来いよ」

「何言ってんだよ、嘘だろ・・・。
 そんなはずないだろ。
 中川は瀕死の状態で運ばれていったんだから」

そう言って電話は切れてしまった。
その話は冗談とも思えなかった。
何だかひどく興奮していたし、声は泣いているようにも聞こえた。

(ふざけているようには思えなかったけどなぁ)

そう思いながら店の中をひょいと見ると、たった今入っていったはずの中川さんの姿がない。
それで自分が店の中に入っていって、店の中で待っていた二人に「おい、今中川来ただろ」と声を掛けた。

「あー、来た来た。
 でも何だか用事があるとかで、すぐ出て行ったぞ」

「あ、そう言えば中川さん作業着のままでしたね」

事実中川さんが機械の調整をしているところを巻き込まれて重症を負って運ばれたんですが、
その途中救急車で運ばれている時に、命を落としてしまったんです。
ということは店で見た中川さんというのは既にもうこの世のものではなかったんですね。
これには三人共さすがに気味が悪かった。

機械が原因で社員が命を落としたということで企業側は早速この機械を外して工場の端の方にそれを寄せておいた。
そして新たに新しい機械が入った。
しばらくすると、就業時間以降の居残りは一切禁止になった。

そしてまたしばらくすると、亡くなった中川さんの代わりに牧田くんという新人が入った。
それでこの牧田くんは中川さんが使っていたロッカーを充てがわれた。
ところが先輩たちはそのロッカーが亡くなった中川さんが使っていたものだとは誰も言わなかったし、
中川さんが事故で亡くなったことも話さなかった。
つまり一切牧田くんには中川さんのことを話さなかったんですね。
ですから牧田くんにしてみればかつてこの工場に中川さんという方が居たことも知らないわけだ。

そうこうしているうちに牧田くんもこの会社に慣れてきた。
工場の従業員ともあれこれ話をするようになってきた。
そんなある日牧田くんが誰に言うとはなく

「いやー、何だか最近おかしいんですよね。
 何だか自分のロッカーを誰かが使っているような気がするんですよ。
 ちゃんと片付けて帰ったはずなのに、翌朝開けてみると黒い手形が付いていたり、
 置いていったものが動いているような気がするんですよね。
 どうも自分が帰った後に誰かが来て、自分のロッカーで着替えて、工場で仕事をしているみたいなんですよね」

それを聞いていた四人はゾッとした。
もしかしたらと皆思ったんでしょうが、その事を牧田くんには言えなかった。

それからまた日が過ぎたある日。

「おい、明日休みだし、どっか皆で寄っていこうか」

そして牧田くんも先輩たちに付き合って居酒屋に出かけていった。
あれこれと話をしているうちに、楽しい時間はドンドンと過ぎていった。
そしてもうだいぶ良い時間になってしまった。

「あー、もうだいぶ良い時間なんだな。
 もうそろそろお開きにしようか」

その時になってこの牧田くんが工場に携帯電話を忘れたことに気がついた。
作業着に入れたまま、ロッカーに置いてきてしまったんですね。

「弱ったなぁ、明日は休みだしなぁ」

と話をしていると、そこに居た一番古株の先輩が

「あ、俺工場の鍵を預かっているから、よかったら貸そうか。
 鍵は休み明けに返してくれればいいからさ」

「え、いいんですか。
 それだったら明後日必ずお返しするんで、お借りします」

とその鍵を借りて牧田くんは一人工場に戻っていったわけだ。
明かりがサーッとついて、自分のロッカーのところまで行った。
鍵をロッカーに差し込むと、開いている。

(おかしい、自分はさっききちんと閉めていったはずだ)

嫌だなぁと思いながらロッカーを開けてみると、中の物が多少ズレている。

(えっ、来てる。
 誰かが来ている)

途端に怖くなってきた。
辺りはシンとしているので気配を伺った。
別に変わった気配はない。
嫌だなと思ったその時、

ウイーン

モーターの動く音がして、ガチャンガチャンと機械が動いている。
工場は真っ暗で明かりはついていない。
その真っ暗な中でウイーンと機械が動く。

ガチャンガチャン

機械が動いている。
すぐにこの場所から逃げたい。
でもこの状況から逃げる訳にはいかない。
しばらく様子を見てから

「あの、どなたかいらっしゃるんですか。
 誰ですか」

そう声をかけた。
でも全く返事はない。
ただ機械の動いている音がする。
それで静かに歩いていって工場の明かりをカチッカチッと付けて回ると、工場内が明るくなった。
そして辺りを見回した。
けれど誰もいない。

(あれ、誰もいない)

でも確かに機械は動いている。
見ればそれは工場の隅に置いてある使っていない機械なんです。

(あれ、あの機械は使っていないはずだぞ。
 電気だって通っていないはずだ。
 それなのにどうして動いているんだ)

もう嫌なんだ自分は。
怖いから行きたくない。
だけども行かないわけにはいかない。
そして恐る恐る近づいていった。
機械に近づいていってカチッとスイッチを切った。

と、機械が止まった。
シーンと辺りは静まり返っている。
辺りに目をやる。
何も無い。
と、静まり返ったその中で

ピチャンピチャン

音がしたものですから、何気なく目をやって(うわっ)と思った。
機械の下から真っ赤な雫がピチャピチャと滴り落ちて、真っ赤な血だまりが出来ている。

(うっ、これ血じゃねぇか)

途端にゾクッとした。
体が凍りついた。
体から冷えた汗が吹き出し、その汗が体を伝っていくのが分かる。
見ると赤い血の筋が機械を伝って下にピチャンピチャンと音を立てて落ちていく。
体は凍りついて動かない。
牧田くんは黙って血の筋を目で追っていった。
と、モーターの上に油で汚れた軍手が置いてあって、その上にもポタポタと血が滴り落ちている。
見ていると、その軍手がピクリと動いた。
軍手の中には手があるんだ。
驚いたものだから思わず目を上げた。
と、機械の隙間から血に染まり、グチャッと潰れた男の顔がジッとこちらを見ていたので、そのままそこで意識を失ってしまった。

この出来事があったものですから、流石に先輩たちが

「いや実は中川という人間がかつて居て、そいつが機械に巻き込まれて亡くなっているんだ」

という事故の話をして、

「おそらくそれは中川が夜居残り仕事をしに来ているんだろうなぁ」

ということになった。
その話を聞いた会社もこのままでは社員の士気に関わると、神社にお願いして神主さんが来てお祓いをした。
そして工場の隅に神棚を祭った。
と、一番古株の先輩が

「おい、ここでさ、皆で験直しでもしないか。
 帰りに一杯やろう」

それで牧田くんもそれに付き合って出かけていった。
五人で例によって居酒屋に寄って、皆が飲み始めた。
段々みんなが酔っ払って場が盛り上がってくる。
と、一人が「あれ、焼酎の水割りって誰?」と声をかけた。
でも誰も頼んでいないので「俺じゃないよ」と口々に言う。
と、一番古株の先輩が

「そういえば中川はいつも焼酎の水割りを頼んでいたなぁ。
 もしかするとあいつ、ここに来ているんじゃないかな。
 その水割り、置いといてやれよ」

と、先輩が

「あの日もきっと中川はさ、こうして皆と飲みたくて気がせっていたんだろうな。
 早く行って皆と飲もう、皆と飲もうとばかり思っていたからそちらにばかり気がいって
 それで手元を間違えて事故にあって機械に巻き込まれてしまったんだろうな。
 終わり次第すぐ来いよと声をかけた俺にも責任があるんだよな」

と言うともう一人が

「いや、俺にだって責任はあるよ。
 中川に悪いことをしてしまったな」

と、もう一人が

「でもあの日中川さん来てくれたじゃないんですか。
 皆見ましたよね。
 中川さん、勘弁してください」

と、さっきから一言も言わなかった清水さんが

「違う、違うんだ。
 そうじゃないんだ。
 あの日皆と飲みたいと気がせっていたのは、実は俺なんだ。
 早く終わって早く行きたい、早く行こう、早く皆と飲もう。
 俺はそちらばかりに気を取られていた。
 早く行こう行こうと思っていたからつい仕事が疎かになって、神経がそちらにまで行っていなかったんだ。

 それで機械の隙間に体を突っ込んで作業をしている中川に気が付かなくて、俺がスタートのボタンを押してしまったんだ」

と言った。

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