真夜中のスーパーマーケット
私の友人で元JリーガーのYさんという方がいるんです。
とっても面白い方なんですが、今この人は仙台に住んでいましてね。
それでその場所で事業をやっているんです。
その事業というのはメロンパンの実演販売というかな。
車で現地まで行ってそこで焼くというね。
これがまたえらい人気でしてね。
マスコミでも随分と取り上げられているわけです。
事業としては大成功なんです。
そんなある時なんですが、東北にあります老舗の大手デパートなんですが、ここが新しくスーパーマーケットを作った。
それでこのスーパーなんですが、東京で言えば成城や田栄調布といった高級住宅街に出来たそうです。
ですからスーパーでありながら、ブランド品だとか高級品を扱っているような、そういうお店なんです。
それでそこからお店のイベントとしてフランスパンを焼いてくれないだろうかという、実演販売をしてくれないかという依頼が来た。
イメージ的にも悪くないし、Yさんは引き受けたわけだ。
それで一週間仕事をするにあたって、機材を入れないといけないので「前の日夜遅くに入ってもよろしいですか」と聞きましたら、
「実は夜は都合が悪くてちょっとまずいので、朝にしてもらえないですか。
朝ならばどんなに早くても構わないです」
ということだったので、向こうが言うならば仕方ない、朝にしようということで、自分の会社の若手の社員と二人で
待っている分にはいいだろうということで、夜中のうちに出発して出かけていった。
いざ出かけてみると夜中のことだから渋滞もない。
車はスムーズに行ってしまった。
そして予想よりも遥かに早く着いてしまった。
行くと大きなスーパーの建物が立っている。
広い駐車場があるんですが、見ると車は一台も停まっていない。
そして駐車場の隅にワゴン車を停めた。
「さぁそれじゃあちょっと見に行ってみようか」
二人は車を降りてスーパーの入口を探しに行った。
正面の入り口には勿論鍵がかかっている。
通用口も閉まっている。
明かりは全くついていない。
「しょうがないなぁ、誰もいないんだなぁ。
これだったらやっぱり仕方ないから、一度駐車場に戻ろうか」
車に戻ったんですがすることはないですから、Yさんは外の闇を見ながら知らないうちに寝てしまった。
良い気分で寝ていると、
「社長、社長」
若手社員に揺り起こされた。
「社長、明かりが付いています。
誰かが来ていますよ」
見るとそのスーパーの一階に小さな明かりが付いている。
「あ、本当だな。
行ってみようか」
そして二人はワゴン車を降りて行ってみた。
正面のガラスの窓にひっついて中を覗いてみた。
見ると奥のほう、青果鮮魚売り場の裏にある魚を加工したり果物を箱に詰めたりするそこの作業場所から明かりが漏れている。
「あれは多分鮮魚売り場の加工場のあたりだな。
じゃ、あっちから回ってみようか」
「えぇそうしましょうか」
ということで二人は裏に回ってみた。
ところが入り口が分からない。
それで扉があると開けてみようとするんだけど、どこも閉まっている。
「おかしいな、どこも閉まっているな。
しょうがないから二手に別れようか」
それで若手の社員と二人別れて入り口を探していた。
しばらくすると向こうから
「社長、ありましたよ。
こっちです。
ここ、開きますよ」
扉が開いた。
二人は中に入ってみた。
通路には明かりがない。
「あれ、ここ暗いな。
方向が分からないじゃないか。
でも多分ここから入ってずっと歩いて行くんだろうな」
でも明かりは持っていないから、携帯電話の明かりを付けて、その微かな明かりを頼りに進んでいった。
途中で道が枝分かれしているんですが、多分こっちだろうなぁという自分の勘で進んでいった。
やがてヒョイッと曲がった。
と、そこは行き止まりになっていて、扉が閉まっている。
「社長、この向こうじゃないですかね」
「うん、らしいな。
見てみようか」
それでYさんがドアノブを掴んで回してみた。
開けると僅かな光が差し込んできた。
「あ、光漏れてるな。
ここだなやっぱり」
それでドアを開けて二人が中を覗きこんだ瞬間、その場で息を呑んで何も言えなくなってしまった。
体が凍りついてしまった。
その場の情景はどうもおかしい。
というのは天井から微かな明かりがプランと下がって、その僅かな明かりの中、ベットではないんですが、台が一つあってその上に人間が一人横たわってる。
そしてそれはどう見ても生きている人間ではない。
それでその周りに三人立っているんですが、この三人が三人とも頭からズッポリ宇宙服のようなものを着ているというんです。
全く体の部分は見えていない。
それで顔には防毒マスクを被っている。
ゴーグルのようなものがはまっていて、全く顔が見えない。
手にはどうやらメスやらなにやらを持っているらしい。
なんだろうと思い、二人は怖くなってしまった。
怖いから何も出来ずに黙っていると、一人がゆっくりとこちらに振り向いた。
と、その人が振り向くと、ゴーグルの丸いガラスが反射した。
ゴーグルの奥で小さく目が光るのが見えたので、瞬間Yさんが「逃げろ」と叫んだ。
二人は真っ暗な闇の中を逃げた。
何だか分からないけども無我夢中で逃げた。
妙に怖かった。
やっとドアがあったんでぼーんと飛び出すと、一目散に駐車場の車まで走って行って、そして飛び乗った。
「ハァハァハァハァ・・・。
なんだよおい、今のは何だったんだ。
変なのを見ちまったな」
「社長今のなんだったんですか」
「いや分からん」
「おかしいですよあれ」
かと言って戻るわけにはいかないんで、じゃあここに居ようということになった。
それで車の中でじっと待っていた。
そのうちに時間が経って、駐車場に車が入ってきた。
そして人が降りてくる。
また車がやってきた。
「社長どうやらスタッフの人達が来始めたようですね」
と話しているうちに一階に明かりがついたので二人はまた行ってみた。
中に行くとスタッフの人が居たんで、事情を話すと
「あぁじゃあいいですよ」
というので、そのまま機材を入れてセッティングを始めた。
どうにかこうにか皆うまくいった。
準備は整ったし、これで明るくなったら販売開始だ。
「でもなぁ、さっきの気になるよなぁ。
行ってみるか?」
「えぇ、気になりますね。
行ってみましょうか」
それで若手の社員と二人でまた行ってみた。
鮮魚売り場に行って、「この後ろだよな」とあたりをつけて入ってみた。
それで加工場の扉を開けて中を覗いてみると、違う、夜中に見たあの景色とは全く違う。
ここは本当に普通の加工場。
「こんなんじゃなかったよな」
「でも社長、あの扉でしたよ絶対」
「そうだよな」
そして二人はその扉まで行ってドアを開けた。
その通路は夜中は真っ暗だったんですが、今見ても間違いなくさっきの場所。
「おいやっぱりここだ、俺らここから見たんだからな」
「そうですよね、間違いないです」
・・・
さて、ここから一週間、実演販売が始まったんですが、このスーパーには地元の人達がたくさん勤めに来ています。
好奇心があるもんですから、Yさんは聞いてみた。
と、その時にあることを聴かされたんですね。
というのは、この場所というのは長いこと誰も使っていなかった場所だそうです。
それにはわけがあった。
というのはこの土地はかつて旧日本軍の研究所があったって言うんですね。
その為に汚染されているんじゃないかだとか、毒ガスがあるんじゃないかだとか、噂があった。
それで誰もこの場所には近づかなかった。
それを言われて思った。
(それっていうのは、もしかして細菌部隊か?
あの防毒マスク、あの全身を覆った服。
それしか考えられないよな)
遠い昔の出来事が時として目の前にフッと展開する。
それで姿を見せてまた消えてしまう。
そんなことってあるんですよね。