タイムカプセル

このお話の主人公は既に亡くなっています。
仮に彼の名前を加納くんとしておきましょう。
加納くんは東京の大学に進学して、そしてしばらくぶり、もう夏も近いという頃に雨戸を開けて引っ越し以来の大掃除をしたんですよね。
そして物を片付けていると、何かの物の間から写真が一枚落ちたんで、(何だろう)と思って拾って見てみた。

見てみると、その写真、何だか妙な写真なんです。
自分の中学の頃の写真なんですが、写っているのは勿論自分なんですが、カメラの方を向いていないんです。
誰かがこっそり撮ったような写真なんですが、自分の写っている後ろの方に小さく社が写っている。
これが妙に気持ちが悪い。

大体写真は実家に置いてきている。
この写真がこの部屋にあるわけがない。
大体見覚えが全くない写真なんです。
(変な写真だなぁ)と思ってその写真を引き出しに投げ込んだ。

そこへ郵便が届いて、中にはクラス会の案内が来ていた。
それは夏休みに皆がしばらくぶりに地元に揃うから中学時代の三年A組でクラス会をしましょうと書いてある案内状だった。
差出人はというと、親友の前田になっている。

(あぁ、前田のやつが幹事なんだ)

さて、夏休みになったんで彼は実家に帰ったわけですよね。
そしてクラス会に出たわけだ。
懐かしい顔が揃っている。

前田がいる。
佐藤がいる。
石川がいるわけだ。

「おー、しばらくぶり。元気か?」

「うん元気。変わんないなぁ」

最初はそんな会話から始まって、それは盛り上がった。
東京の大学に行った人間もいれば、地元の学校に行った人間もいるし、社会人になった人もいる。
皆がそれぞれの人生を歩んでいる。
なんといっても若い男女がしばらくぶりに顔を合わせたわけですから、それは盛り上がって当たり前ですよね。

あちこちで笑い声や話し声がしている。
このクラス会には中学時代の三年A組全員が参加したんですよね。
まぁ正確に言うと、亡くなった一人を除いた全員が揃ったわけです。

一次会が済んで盛り上がっているから、二次会、三次会、四次会なんていうと、もう仲の良かった四人しかいないわけだ。
もう流石にお店もやっていないので、仲間内でも仕切り屋の前田が

「おい、もう遅いし店もやっていないし、まだ皆当分こっちに居るんだろうからさ。
 またこの続きを日を改めてやろうや。
 今日は解散しよう」

そう言って解散した。
翌日、慣れない酒を飲んだわけですから加納くんは家の中でゴロゴロしていた。
と、そこに前田から電話がきた。
電話に出ると

「おい、明日また会わないか。
 佐藤や石川にも連絡しておくからさ」

「おー行く行く」

翌日四人が揃った。
と、開口一番に前田が

「おい、一昨日のクラス会でな、おかしなことがあったんだ」

というのは、自分と同じくクラス会の幹事をしている人間が来た順番に下足の札を渡したわけだ。
これが39番まで行ったと言うんですよ。

「おかしいだろ。
 生徒は全部で37人だ。
 それに先生を合わせて38人。
 一つ多いんだ。
 でも数に間違いはないんだ。
 調べてみると、靴の数はちゃんと39足ある。
 それでどうしたんだろうと思って、一次会が終わって皆が出て行く時に靴箱を見ていたら、それがみんな無くなったって言うんだ。
 でもまぁ、そういうことなんだよな。
 でも折角集まったんだし、この話はいいや」

そうするとまた仕切り屋の前田が

「そうだ、どうだ?
 三年の時に行ったあの神社に行ってみないか」

「おーいいな、行ってみようか」

この山の上の神社というのは、中学三年生の時に各クラスごとに思い出づくりをしようという話になった。
それで三年A組は歩け歩けのハイキングで思い出づくりをしようということになった。
それで途中に通った山の上の神社で担任の先生が

「おい、皆いいか。
 この神社はな、自分の願い事を紙に書いて名前を書いて小さく折ってこの箱に入れておくとそれが叶うって言われているんだ。
 ただこれは人に話したり見せたりするとご利益が無くなってしまうから、だから皆ここで自分の願いを髪に書けよ」

そう言って先生は紙を配ってくれた。
皆はなんだかんだ茶化したり冗談を言ったりするんですけども、そこは中学生だからやっぱり皆真面目に書いたわけだ。
そしてその書いたものを箱に入れた。
そういう思い出が詰まった神社なんです。

もうあれから四年の月日が流れている。
前田が車に乗ってやってきたので、皆が車に乗ってやってきた。
思ったより遠くは無かった。
車から降りてなだらかな山道を登っていく。
しばらく行くと向こうに小さなお社が見えた。
加納くんはフッと思った。

(ここだ。ここだったんだ。
 そうか、あの写真はあのハイキングのものだったんだ。
 でも一体誰が撮ったものなんだろう)

先に立って前田が歩いていって

「おい皆、何を書いたか覚えているか?」

「えー、覚えていないな。
 人の見ちゃおうか?」

と、皆はふざけあっている。
加納くんが「おい、それはやめたほうがいいよ」と言った。
そしてあれこれと話をしているうちにこの前田くんが段々と早足になってもうお社の直ぐ側まで行っている。
そして「おーい、あったぞー」と叫んでいる。
例のタイムカプセルを入れた箱を持っているわけですよね。
皆も後から行ってみた。

「おい皆、書いたこと覚えているか」

と言いながら前田くんはもう裏蓋を開けている。

佐藤くんが
「これってさ、当時の俺達のタイムカプセルだよな。
 当時の俺達の思い出が、願いが全てここに入っているんだよな。
 でもまだ残っているのかな?」
そう言いながら箱の中を見た。

と、石川くんが「あるよあるよ」と言った。
そしてそう言いながら自分のものをスッと抜いた。
そして広げてニヤニヤしているんだ。

今度は佐藤くんが「本当だ、あるある」
そして一枚を見て「これ、内田のだぜ」と言った。

前田「内田シゲ子のか?」

佐藤「うん、内田の。どうする?」

加納「辞めとけよ」

この内田シゲ子というのは高校の時に部活でトラックを走っている途中で倒れてそのまま亡くなった女の子なんですよね。
クラス会に参加することの出来なかった亡くなった女の子というのは、この内田シゲ子のことだったんですよね。

前田「どうする?」

加納「亡くなった人間のはさ、辞めとこうよ」

いつになく佐藤が真面目な顔で

佐藤「うん、だけどさ、あの時内田は一体何を願っていたんだろうな。
   そしてその願いは叶ったのかな。
   ちょっと気になるよな」

前田が石川に「どうする?」と聞くと、

石川「うーん、気になるよな」

これを書いた時に内田シゲ子はもう自分の命が後わずかだとは考えもしなかっただろう。
一体彼女は何を願ったんだろうか。
その願いは叶ったんだろうか。
確かに皆気になった。

と、前田が佐藤からその紙をひったくるようにして取って、紙を広げてしまった。
それを見て、なんとも言えない顔をしてそのままその紙を加納くんにひょいと見せた。
今度は加納くんがそれを見た。
そこには

“加納くんが大好きです。
 加納くんが私のことを好きになってくれますように”

と書いてあった。

前田「おい、内田がお前のことを好きだったって、お前知ってたか?」

加納「いや、知らなかった」

加納くんは実際にそんなこと気づきもしなかった。
そんなこと思いもしていなかった。
と、この紙の一番下に小さく、

“これを勝手に見たり、人に喋ったら必ず殺す”

と書いてあった。
それは書いた時は中学生ですからそんなに深い意味はなかったんでしょうけども、今となってみてはそれが妙に怖い。
と、佐藤が

佐藤「俺さ、言うのよそうと思ったんだけど、実は一昨日のクラス会で内田シゲ子を見たような気がするんだ」

皆が佐藤の方を見ると、

佐藤「うん、それで加納が入ってきただろ。
   その時加納の後ろにチラッと内田シゲ子を見たような気がするんだ」

加納「じゃあクラス会は全員参加したって言うのか?」

佐藤「あぁ、靴の数が合っていたって話もそうじゃないかと思うんだ」

皆その話を聴いて黙ってしまった。

前田「おい、明日さ、内田の家に行って今回のクラス会の報告っていうのをしないか?」

「あぁそうしようか」

翌日、みんな揃って内田シゲ子の家に行った。
お母さんがとても快く招き入れてくれて皆は揃って仏壇に手を合わせた。
さぁ帰ろうかとしているところにお母さんが来た。

「もし良かったら、あの子の部屋に顔を出してくれませんか。
 昔はお友達が来て楽しそうに笑っている声が聞こえたんだけども、
 だからしばらくぶりに皆さんが顔を出してくれたら、あの子もきっと喜ぶと思うわ」

内田シゲ子の部屋は二階にあった。
皆は揃って階段を上がっていく。
お母さんが部屋の前に立って部屋のノブを掴みながら、

「この子の部屋、お父さん以外の男の人が入るのは初めてなんですよ。
 まぁ最もあの子が生きていたら今頃はボーイフレンドが遊びに来ていたかもしれないわね」

それを聞いた時に加納くんは何だかヒヤッと寒々しい物を感じた。
お母さんがドアを開けた。
部屋に入ってみると、何だかおかしな感じがした。
というのはこの部屋はつい今しがたまで、誰かがこの部屋に居たような気がするんです。
普段誰かがここで生活しているような、そんな気がしたんですよね。
それでひょいと見るとカレンダーがあって、それが新しいんだ。
あれ?と思って見ているとお母さんが

「カレンダーはちゃんと変えていますよ。
 あの子が亡くなった時のままずっと時間が止まっているなんて、耐えられませんから。
 あの子の姿が無くても、あの子にはずっとこの部屋で生活していてほしいんですよ。
 あの子はここで生きているんです」

と、お母さんがそれを言うと、加納くんのすぐ隣辺りで妙な気配、というか息遣いが聴こえた。
加納くんは無意識のうちにフッと引き出しを引いてみた。
あろうことにそこには写真があるんだ。

それは自分が写っている写真。

それは自分が部屋で見つけたものと同じ写真なんです。
写真は他にもある。
それにも自分が写っている。
どの写真も自分はカメラの方を向いてやしない。
こっそりと隠し撮りをしたものばかり。
加納くんの頭の中にある情景がフッと浮かんだ。
それはこっそりと物陰から自分の方にカメラを向けてシャッターを切っている内田シゲ子の姿だった。

「じゃあ失礼します」

皆別れを告げて家を後にし、別れた。

夏休みはまだずっとあるわけで、本来であれば加納くんはもっと地元に居る予定だったんですが、何だか居たたまれなかった。
それでそのまま東京に帰ってきてしまった。
帰ってみるとまだ友達たちは実家や地元の方に居るわけですから、まだ東京には帰ってきていない。
何だか出かけるのも嫌なものだから、何もしないでただボーっと部屋で過ごしていた。
そんなところへ前田から電話があった。
出てみると前田は交通事故を起こして今病院に入院しているという。
ハンドル操作を誤って電柱へ激突したんだけども、幸い大した怪我もなく、命には別状がないということらしい。

加納「何だお前、一体どういうことなんだ」

前田「それがな、運転していると急に目の前に女が立ったんだよ。
   慌ててハンドルを切ったらこのザマだよ」

加納「お前その女を轢いたのか?」

前田「いいや、女なんて影も形もなかったんだよ。
   それでさ、お前この間の神社のこと覚えているか?」

加納「あぁ勿論覚えているよ」

前田「俺何だか気になってお前に電話したんだよ。
   お前も気をつけろよ。
   あいつかもしれないからな」

と言って電話は切れた。
電話が切れると孤独感というか、恐怖感というか、一気に自分を襲ってきたんで、もう居たたまれない。

(辞めよう、今日はこの部屋に独りでいるのは辞めよう。
 たくさんの人が居る明るい場所で夜更かしをしてそうして家に帰ってこようかな。
 何だかこの部屋に居たくない)

気がつけばもう外は暗くなっている。
明かりをつけようとした。

(待てよ、もし今明かりをつけてしまったら、もしかしてあいつが来ていて、
 何処かから俺のことを見ているかもしれない)

そう思って小さな明かりをつけた。
何となく気になって部屋の窓のところに行ってみた。
二階の自分の部屋から辺りを見回してみる。
外はもう夜の闇になっている。
下の路地をずっと見ていくと街路灯がついている。
そしてそこに女がポツンと立っている。
見ていると女がこちらに顔を上げてきた。
そして自分を見上げている。
街路灯がその顔を照らした瞬間、(うわっ)と思った。
それは内田シゲ子なんです。

(あいつ、来ていたんだ)

見ているとその女はこちらをじっと見つめているんですが、やがてアパートの玄関の方へ歩みを進めてくる。

(いけない、来てしまう!)

もう逃げ出そうとしても間に合わない。
慌てて窓に鍵をかけた。
玄関に行ってドアの鍵もかけた。
そして押入れから布団を引きずり出すと、それを頭から被って部屋の角の壁に背中を付けてジーっと黙っていた。

コンコン コンコン

階段を上がってくる靴音がする。

(帰ってくれ・・・頼むから帰ってくれ・・・)

コツ・・・コツ・・・コツ・・・コツ・・・

通路を段々とこちらに歩いてくる。
そしてその音は自分の部屋の前で止まった。

(頼む帰ってくれ・・・頼む帰ってくれ・・・)

ドンドン ドンドン

ドアの叩く音がする。

ドンドンドンドン ドンドンドンドン

ノブを回している音がする。

ピタッと音が止んだ。

布団の中で目を瞑って耐えている。
なんの音もしない。
しばらくの時間が経った。

(もう行ったのかなぁ)

布団の中で目を開けた。
布団の隙間から部屋を覗いてみると、部屋の中はいつもと変わらない。
布団から出た。

(はぁ良かった・・・じゃあ今のうちにここを抜けだして人がたくさん居て明るい場所に行こう)

けれどまだ何処かからじっと彼女が自分を見ている気がして仕方がない。
窓のところへ行ってみた。
外はもう黒い闇。
下の路地にも誰もいない。
街路灯がポツンと付いているきり。

(はぁ居ない・・・。
 よし、じゃあ部屋を抜けだして行こう)

そう思いながら二三歩後ろに下がった。
その途端に体がその場所に張り付いたように動けなくなった。

「うわぁぁああ」

ガラス窓の向こう、外の暗闇から白い顔がじっとこちらを見ている。

(居た、あいつは居たんだ!)

ここは二階なのに、彼女は二階にいる。
内田シゲ子が白い顔でこちらをじっと見ている。
窓から離れようとするんですが、体は動かない。
白い顔が段々と近づいてくる。
自分は一生懸命逃げようとするんですが、顔はドンドンと近づいてくる。
どうやら自分は少しずつ後ずさりしている。
ガラス窓に部屋はうっすらと映っている。
自分が映っていて内田シゲ子の顔が段々と近づいてくる。

自分の体がゆらっと揺れた。
瞬間、女の姿がフッと消えた。
また見ると、女の顔がまたそこに立っている。
女の顔がニタッと笑った。

ンフフフフフ ンフフフフフ

笑い声が後ろでした。

(違う、あいつはガラス窓に写り込んでいるんだ)

内田シゲ子は自分の後ろに居るんだ。
あいつはもう部屋の中に入ってきているんだ。
そのまま体は動かない。
じっとガラス窓だけを見ている。
ガラス窓の向こうには黒い闇が見える。
室内が映しだされていて、背後から段々と内田シゲ子の顔が近づいてくる。
段々と近づいてきた。
自分の肩越しに内田シゲ子の白い顔が映り込んでいる。

と、スーッと自分に腕を巻いてきた。
肩の辺りがヒヤッとしている。
もう片方の腕も自分に回されていく。
白い顔がずっと自分に寄ってきた。

(助けてくれ・・・勘弁してくれ・・・)

と、自分の耳元に内田シゲ子が顔を寄せてきて、そして小さく囁いた。

「お願い、死んで」

瞬間加納くんの意識はぷつんと途切れた。
気がついてから加納くんはすぐに前田のところに電話を入れた。
そして今までの一部始終を話して聴かせた。

その二日後、彼は亡くなりました。
東北自動車道で事故に巻き込まれて死んだんです。
それは故郷の秋田に帰る途中での出来事でした。

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