竹藪の靴

諸角さんという機械部品メーカーに勤めるエンジニアの方なんですけどね、
この方が会社が新たに工場を建てたというんで、点検や下見という事でそこを訪れた。

ところがすごい田舎なんですよ。
近くにホテルもないんだ。

そこで土地の人に聞いてみたら、その場所というのは昔からとても信仰の深い場所で、
参拝の方が泊まっていたという昔は宿坊だったという場所があるというんで、紹介されたんです。

行ってみたら季節は6月なんですが、他に客はいないんです。
二階建の大きな建物。二階の一番端。角部屋の一番いい部屋に泊まらせてもらう事になった。

下には道路もあるわけで、これだったらいいなあと思った。
ここはもともと宿坊だったわけですから、夜10時になると宿の人達はみんな別棟に行ってしまうんです。
おまけに灯りも消していってしまう。通路に小さな灯りがついているだけ。

なにか用がある時には、自分が灯りをつけなくちゃいけないんだ。
大きな建物なのに、灯りがついているのは、ポツンと諸角さんの部屋だけ。

その他は真っ暗ですよね。
シーンと静まっている。

昼間工場に行った時のチェックがあるわけだから、部屋に戻っても仕事があるわけだ。
仕事をしてふっと時計を見ると、もう夜中の11時をまわっている。
(あーもうこんな時間なんだな…)コーヒーをこしらえながら思った。

(そうだ…せっかくこんな田舎に来たんだから明日はちょっと走ってみるかな?)と思った。
というのは、諸角さんは日頃からジョギングを日課にしているんです。
今回は自分の車で来ていますから、ジョギングに必要な道具も全部積んできているんだ。

翌朝、6月だから陽が出るのも早いんですよね。
5時には起きて支度をすると、宿を後にした。
それで走りだしたわけだ。

タッタッタッタッタッタ…タッタッタッタッタッタ…
初夏の空気は爽やかで心地いい。

(ああー…気持ちいい空気だなあ…)
鮮やかな緑も目にしみてくる。

すると線路が見えてきた。
どうやら広島と岡山を結んで鳥取へ行く、このあたりを走るローカル線の線路のようなんです。
線路からなだらかな斜面があって、その下に線路と並行して道路が1本通っている。
(ここを走ってみよう)と思って、その道を走っていった。

この道の先なんですが、そこには大きな竹やぶがある。
どうやらその道は、竹やぶの中を突っ切っているようなんです。
だから諸角さんはその竹やぶの中に入っていった。
中に入ると空気はひやっとする。

(竹やぶの中だから季節は少し遅いけど、もしかするとタケノコでもあるんじゃないかな?)
と思って辺りを見ながら走っていった。

するとちらっと目の端に何かが映ったんですよね。
それはなんだか妙なものなんだ。
なんだか気になる。嫌な感じだ。

気にしないで行ってしまえばいいんだけど、それが妙に気になるもんだから、
足が止まってしまった。

それは道からすぐそばの竹やぶの中なんですよね。
(行ってみるかな?)と思って、その竹やぶの中に入っていった。

竹やぶの中の地面は落ちた笹で埋まっているんだけど、その中に何か黒い物が突き出ている。
(なんだろう?)見てみると、それは男物の黒い革靴で、それが突き出ている。

(なんだ?嫌なもんだなあ…)
その瞬間に頭の中で妙な想像をしてしまった。

(これはもしかすると、死体でも埋まっているんじゃないか?どうしよう…)
そのまま行ってもいいんですが、なんだか気になった。

(そんな事はないだろう…きっと犬か何かがこれを落としていったに違いない。様子をみてみるか…)
やっぱり答えをハッキリさせたいんで、妙な気持ちがしているんですが、靴を掴んで揺さぶってみた。

そうすると、揺れる。
そのままひっぱると、靴はスポっと抜けた。
なんてことはない。それはただの黒い革靴なんですよね。
ちょっとだけそれは重い。
中に土が入って湿気っているんでしょう。

(なんだ。やっぱりただの靴じゃないか)
そう思って(投げていこうかな)と思ったら、
靴の中から靴下が見えた。

(なんだこれ?おかしいな…)
と思って靴下をグッと引っ張った。
ズズズズズ…ひっぱると靴下の中に何かが入っている。

靴下を揺すってみると、なんだか硬い音がする。
コッ…コッ…カキッ…
気になって覗いてみると、靴下の中には骨が入っている。
どうやらそれは人の足の骨らしい…

(嫌なものが入っているな…でもまさかそんなはずはないよな…多分悪戯か作り物だよな)
とは思うんですが、どう見ても作り物には思えない。

(弱っちゃったなあ…)こうなると捨てていくわけにもいかない。
仕方がないんで、首に巻いたタオルをとって、この靴を包んで交番でもあったら置いていこうと思ってね。

また走りだした。
やがて竹やぶを出ると、道はなだらかな上りになっている。
そしてカーブして踏切のところを見るとプラットホームが見える。

(あ!駅だ…よかった…)
そう思って駅へ行ってみる。
行ってみると駅には誰もいない。無人駅なんですね。

(弱ったな…こんなものを持っているしなあ…)
そう思いつつ時計を見ると、もういい時間になってしまっている。
あまりゆっくりも出来ないんで、ひとまず宿に帰ろうと思った。

そしてそのまま宿に帰って、宿から警察へ電話をいれたわけだ。
警察のほうも距離があるんですぐには行けないという事で、
「誠に申し訳ないのですが、工場で落ち合うわけにはいかないでしょうか?」
という話になった。

簡単に食事を済ませて、気持ちが悪いんだけど車にその包んだ靴を乗せて出かけたわけだ。
工場につくと結構なんやかんや忙しい。
あれこれ仕事をしていると昼近くになり、警察の方が3人やってきた。

「ああすみません。私が諸角なんですが…これなんです…」
とタオルに包んだその靴を出した。

「じゃあ見せていただきます」と警察の人がそのタオルを開けて、
靴から靴下を出したんだ。

「確かにこれは人の足の骨ですね…」
「え?やっぱりですか…」
「ええ、でもずいぶんと時間が経っていますよ。」

「どういう経過でどういう状況でこれをみつけたわけですか?」
というような質問をされる。
警察のほうでは事情を聞いて書類を作るわけなんですよね。
諸角さんは色々と発見した時の状況を説明して自分の名前をサインした。

「どうもありがとうございました。事故自殺事件、色々な方面から考えて早速竹やぶを調査してみます。」

「すみません。ちょっと待ってもらえますか?この足の主なんですが…生きているものなのか、亡くなっているものなのか、
なんであそこにあったのかっていうのを、簡単で結構なんでわかったら教えていただけないですか?
どうも気になって落ち着かなくて…」

「わかりました。状況がわかり次第ご連絡致します。」
そういうと警察は帰っていった。

仕事が終わり、宿に帰ってくる。
そして風呂に入り食事も済んだんで、自分の部屋でテーブルに向かって仕事の整理をしはじめたわけだ。
あれやこれやとやっていると、辺りはシーンと静まり返っている。

一息ついて時計を見ると、時間は夜中の11時を回っている。
宿の人間はとっくに別棟に引き上げて、ガランとしている。
暗い宿の中に自分たったひとり。

(もうちょっとやったら休もう)そう思って仕事をしていた。
すると窓の外から妙な物のこすれるような音がする。

スースス…スススス…

(ん?なんだろう?)そう思うんだけど、仕事を終わらせないとダメですからね、
諸角さんは一生懸命仕事をしていた。

しばらくすると、ガタガタガタ…玄関が鳴った。
そしてガラガラガラと玄関が開いた。

(宿の人間が何か物でもとりにきたのかな?)
と、スススススス…スス…と物のこすれるような音がして、何かが玄関から入ってくる音がする。

(あれ?音が中に入ってきたな?)
ススッススススッ…
どうやらその音は廊下を移動している。

気にしないっちゃ気にしないでいいんだけど、妙に気になる。
(なんだろう?)気にしながらも仕事をしている。

スススス…タッタ…ススス…トット…
その音が階段を上がってきた。

(あれ?階段を上がってくるぞ)
トントン…ツツ…トントン…ツツ…
音は階段を上がりきった。

今度はズズズズズ…とこちらへ段々と近づいてくる。
諸角さんはちょうど廊下に背中を向けて仕事をしているわけだ。
自分の後ろには入り口とふすまがある。

そのふすまの向こうから、音は段々と近づいてくる。
(なんだろう?夜遅くに何か用かな?)

ズズズズ…ズズ…ズズッ…トントン…
自分の部屋の入り口のところで音は止まった。

(やっぱり宿の人間なんだな…きっと夜分にすみませんとか声をかけられるんだろうな?)
と思うんだけど、声はいっこうに聞こえてこない。

そのうちにカタンズズズとふすまが開いた。
(あら?)と思っていると、息遣いが聞こえてくる。

何をしているんだろうと思い、「はぁい」と言って後ろに振り向いた。

(あら?)

ふすまは開いている。
暗い廊下は見えているんだ。
でも誰もいない。
ただ闇があるだけ。

ハァハァ・・・

息遣いは聴こえている。

(なんだか気味が悪いな…)と視線を落とした瞬間、うああ…と思った。
ふすまが開いている黒い廊下が見える、そこに部屋の光がスッと差している。

そこの廊下にペターっと男がはりついて、こちらをジーっと見ている。
男には表情がない。と…男がヌーっと手を伸ばして、部屋に入ってきた。

もう片方の手も伸ばして部屋へズズズズっと入ってくる。
叫ぼうと思うんですが、声が出ない。身体も固まってしまっている。
どうしていいかわからない。
ただ男の事を黙って見ているしかない。

男は怪我でもしているのか、頭が割れているんです。
血が流れて顔のあたりで血が固まっている。
そのまま男はズズズとこちらへ這いよってくる。

男の体は腰から下がめちゃくちゃに潰れている。
怖いんですが、動く事は出来ないんで、せめて見る事をやめようと、
顔を男からそむけた。

そしてテーブルに向かって必死に目を瞑った。
(もう見るまい、聞くまい…)

すると後ろから、ズズズ…ハァハァ…ズズズズ…ペタペタ…
背中のほうで息遣いが聞こえてくる。

と、突然ぐっと肩を掴まれた。
恐怖で固まっていると、もう片方の肩も掴まれた。
両肩を掴まれると、そのまま男が後ろからずり上がってきた。

(うああ…頼むからどこかへいってくれ…)
ズズズっと男がずり上がってきて、自分を覗きこんできたのがわかる。

(頼む助けてくれ…助けてくれ)
そう思っていると耳元で、
「おい…俺の足しらねえか?」
と声がした。



後になってなんですが、その竹やぶからは何も発見されなかったそうです。
それにこの靴の主はとうとうわからなかったそうですよ。

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