宝物殿

テレビ番組の取材ロケでもって、福井に行った時のことなんです。
東京での仕事を終えてから移動したもんですから現地に入った時にはもうだいぶ遅い時間になっていたんです。
明日も早いということですぐに休むことにしたんです。

それでこれは毎度のことなんですがタレントというのはスタッフと離れた部屋なんです。
だからいっつも一人。
一人だけ良い部屋を取っていただいているということなんですがね。
この時も私一人だけ別棟だったんですよね。
作りはとても良くて古い建物なんですよね。

シーンとした薄暗い廊下を歩いて行く。
やってきて襖を開けるとかなり広い板の間になっている。
そしてそこを上がっていってまた襖を開ける。
そうするとそこは広い座敷でもって大広間になっている。
その中央にはぽつんと私が寝る布団が敷いてあるわけだ。

何だか心細いというか寂しい。
そしてその向こうにも障子があって、そこを開けると狭いスペースがあって、すぐそこが壁なんです。
そして窓がある。
そして布団の足元も壁なんですが頭の方、枕元から少し距離を開けて、黒光りした四枚の板戸がピタっと閉まっている。

自分の寝る部屋の頭のほうで黒い板戸が閉まっているというのが、何だか気になった。
板戸の向こうは何なのかなと気になりましてね、調べようと思って開けようとするんですが、鍵がかかっていてピクリとも動かない。
鍵のある板戸があると思うと、余計に気になった。
何だか妙に気持ちが悪い。
とは言っても明日があるから寝なきゃどうしようもないわけで、小さな就寝用の灯りを一つ残して、横になって目をつぶった。

ところが何だか眠れない。
眠ったような眠らないようなそんな感じでボヤーッとしていた。
辺りはシーンと静まり返っている。
と不意に

「ごめんください」

女の声がしたもんですから、ドキッとした。
としばらく間があって
「ごめんください」
と声がするんです。

恐らく別棟に泊まっているのは私だけなんですよね。
その声は、でも私の部屋に向かって声をかけている、そんな気がした。
だから起き上がっていって「はい」と返事をした。

そして襖を開けるとそこには着物姿の仲居さんが立っていて

「夜分お休みのところ大変申し訳ありませんが、今、下の裏玄関の方に先生のことを訪ねて人が来ております」
と言った。

私が福井に来ているのは関係者しか知りません。
一体誰なんだろうと思いながら階段を降りていった。
そして少し行くと小さな裏玄関があるんです。
灯りがぼんやりとついている。
そこには五十歳くらいの、げっそりと痩せた男が立っていた。
その男には表情が無い。
それで私を見ると軽くお辞儀をして、ニ、三歩近づいてきて

「あの、私に憑いているものが見えますか」
と聞いてきた。

(あー参ったなぁ、またか)

以前にも二回ばかりこんなことがあったんです。

この人は少しおかしいなぁと思ったので
「さぁ、見えませんがね」
と答えた。

そう言うと男は

「実は私の先祖というのはあこぎな金貸しをしていましてね、
 借金のかたに人から色んな物を取り上げていたんでそのせいか、うちの男はみんな短命なんですよ。
 それでね、私もまもなく迎えが来るんです」

「あー、そうですか。
 でも短命なのは遺伝なのか祟りなのか分からないですけどね。
 人を思いやる心があれば、きっと楽になりますよ」

と、その男は薄闇の中で私に頭を下げた。
その男が頭を下げた時、私は見てしまったんだ。
一瞬ですが、その男がニターッと笑ったんです。
その時私はゾッとした。

(こいつ、気持ちが悪い奴だな)

男が顔を上げると、それはさっきと同じ無表情の顔。
そして男はそのまま帰っていった。
私もまた階段を上って戻っていった。

部屋に戻るともう早く寝ようと思ってね。
布団に潜り込んだその瞬間、あれ?と思った。
何だか気になった。
そして寝た体制のまま体をよじって頭の方を見た。
途端にあれ?と思った。

あの閉まっていた板戸が開いているんです。
二十センチばかりかな、開いているんです。
そして向こうに暗い闇が見えているんです。

(この部屋に誰か来たな)

そして次の瞬間、そうじゃないと思った。
あの板戸の向こう、そちらから誰かが来たんだ。
鍵は向こうからかかっていますからね。

(うわー)

そしてその瞬間、恐らくそいつはまだこの部屋にいるんじゃないかと思った。
寝たままの体制で辺りの気配を伺った。
息を殺してジーっと辺りの音に集中する。
小さな灯りが天井にはついていますけど、辺りは暗いですから、隅の方は暗い闇に包まれている。
仰向けに寝ている私の左手側、位置は私の斜め上になるのかな、その辺りに気配を感じた。

(居る・・・あそこに居る)

微かに動いたような気がする。

(どうしよう、これは起き上がってもまずいし、目を開けて起きていると思われてもまずい)

薄目を開けて様子を伺っていたんです。
それでその瞬間、それはこの世のものじゃないと思った。
ゾッとして全身から冷えた汗が吹き出して流れ落ちていくのが分かる。
参ったなと思うんですが、どうしていいか分からない。
と、闇の中から

ズズ・・・ズズ・・・

と、それがこちらに這い出てきた。
四つん這いになって這うようにしてこちらにやってくるが分かる。

ズーツツ・・・ズーツツ・・・

布団ですから畳に近いんでその音がよく聞こえるんです。

(来てる・・・! 来てる来てる!)

体はガタガタと震えて冷えた汗が伝ってくるけどもどうすることも出来ない。
そしてそいつはすぐ近くまでやってきた。
近くまでやってきた時に息遣いが聴こえてうわーどうしようと思った。
その瞬間、私が寝ている頭の先の方から顔が覗きこんできたんですよね。
小さな灯りがついているから丁度逆光になって黒い輪郭しか見えないんだ。
でもそれはげっそりと痩せた男の顔なんですよ。
私は薄目でそれを見ている。
と、私の顔の近くでもってそいつがニターッと笑ったんです。

(あっ! こいつ、この顔は!)

今しがた下に来たあの男だと思った瞬間、意識が遠のいていった。
翌朝目を覚ますと板戸はしっかりと閉まっているんです。
開けようとしたって鍵がかかっていて開かないんだ。
おかしいなと思ったんですが帰り支度をして帰ろうとするその時なんですがね、
その宿の仲居さんと女将さんが私を見送ってくれたんでその時に昨日の仲居さんのことを聞いてみた。

と、女将さんが
「さぁ・・・夜に居るのは私とこの人だけで、あとは皆通いの方だけなんですよ」

(えっ、じゃあ昨日の仲居さんは誰だったんだろう)
、
「あのぅ・・・昨日泊まった私の部屋なんですけど。
 鍵が閉まった黒い板戸の部屋はなんなんですか?」

「あぁ、宝物殿ですか」

「えっ、宝物殿ですか?」

「えぇ。 この家の先祖というのはアコギな金貸しをしていましてね。
 借金のかたに取り上げたものが、みんなあの中に入っているんです。
 まあ私は入ったことは無いんですけどね」

女将さんは昨日の男が言ったことと全く同じことを言っていた。

「あぁ、それならばご主人様が管理しているんですか?」

「いいえ、私の主人というのは若死にしましてね。
 だからそれ以来、あそこの部屋は一度も開けたことがないんですよ」

そう言ったんですよね・・・。

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