ハイヒールの女

ごく一般的な死に方をしなかった人、そういう人の怨念っていうのはどうやらこの世に残るらしいんですよね。
というのは私は毎年富士の樹海に行くんですね。
青木ケ原樹海なんですけど、多い時には五、六回入ります。
みんな仕事で入るわけなんですけども、季節は大体冬の終わり。
ていうのは、夜遅くになると温かい時期だとあの辺りはたくさん車が通るんですよ。
それで音が入ってきちゃう。
それに冬場というのは磁場が強いんですよね。
そういったわけで非常に撮影がしやすい。
まぁこれはそんな冬場の話です。

夜車で現地に着いた。
奥までは車で行けないですから、車を停めて撮影場所まで皆で荷物を背負って歩いて行くんです。
皆が懐中電灯を持って並んで歩いていくわけだ。
意外とこの作業楽しいんですよね。

それで私、一回目の荷物を置いて、次の荷物を取りに行こうと思ってね。
暗い闇の中を歩いていた。
私の前には三人が歩いて行くんです。
足元は木の根っ子は出ているし、大きな石はあるし危ないんですが、その中を小さな灯りで歩いて行く。
だから私は大きいライトを持っていたから、みんなの足元を後ろから照らしてあげた。

「すいません、ありがとうございます」

ヘアメイクの女の子の声がしたんで「あぁいいよ」と言いながらあれ? と思った。
さっきまで三人が歩いていたはずなのに今歩いているのは二人なんで

「あれ、歩いていたの三人じゃなかった?」
と聞いた。

ヘアメイクの女の子が
「あのね、隣に・・・」と言いながらハッと気づいて
「嫌だ、嫌だ」
って言うんです。

居たんだ確かに。
頭に浮かぶイメージは、黒いハイヒールだった。
考えてみたらそんな靴で山の中に入るやつなんて居ないんだ。
全員そんな靴履いていませんからね。

(あー、見ちゃったかなぁ)

そうこうしているうちに準備が出来たんでロケ車の中に居る女の子三人を呼びに行こうと思って
手が空いているプロデューサーと若手の二人が呼びに行ったんです。

やがて戻ってきたプロデューサーが
「おかしいな、皆居るよな」

「どうしたの?」

「女の子って皆で五人ですよね?」

「うん、そうだよ。
 出演者の女の子三人と、ヘアメイクさん一人とスタッフ一人で五人だよね」

「いや、おかしい。もう一人居るんだよ」

「どういうこと?」

「いや、今女の子を呼びに行ったら、最後部の座席に一人女が座っているんだ」

「それどんな人?」

「それが分かんないよ。
 前にシートがあるしさ。
 髪の毛に癖のある長い髪の女なんだけどね、夏物の水色の服を着ているんだよ」

「あんたさ、こんな寒いさなかに夏色の服なんてないよ」

「えー、勘弁してほしいなぁ。
 見ちゃったのかなぁ?」

と、そこに無線が入った。
我々は本部席ってところに居るんですよ。
そこにテーブルが置いてあって、無線がある。
スタッフが「はい」と無線に出ると

『あのすみません、荒木ですけど。
 闇の中から声が近づいてくるんですよ
 誰が来ているんですか?』

「えー、そんなの分かんないよ」

そう言ってスタッフは無線を切っちゃった。
しばらくするとまた無線がきて

「はい」

『あのー、すみません、荒木ですけど、
 あの、もう声がだいぶ近いんですよね。
 誰かそちらから来ているんですよね?』

「だったら灯り付けて見てみたらいいだろ」

それでまた無線を切っちゃった。

そりゃそうですよね、昼間だって木の根っ子は出ているし、溶岩が飛び出ていたりするし
そんな石ころも転がっているし、歩けるような場所じゃないですから。
夜の暗闇の中で歩けるわけ無いんだ。

そうすると無線を取ったスタッフが
「荒木のやつ、どうせ怖いんですよ。
 だから無線かけてくるんですよ」
と言って笑った。

樹海というところはなんせ真っ暗ですからね。
ライトを当てても対象物は見えてもその向こうは真っ暗で見えないんだ。
それで間にライトを入れるんですけどもそれでも暗いから、距離感を出すためにずっと奥にもライトを入れるんだ。
それでそこに一番若手の荒木が行ってそのライトが倒れないようにずっと持っているんだ。

ところが皆から離れたところに自分一人で居るわけですからね。
自分の周りは真っ暗だし。
怖いに違いないんですよね。
ましてその辺りは死体がたくさんある場所ですからね。
怖くても無理は無いなと私は思った。

そうこうしているうちに準備が出来たんで
「皆自分の位置についてー」と言って女の子も皆位置に着いた。

そろそろ撮影を開始しようかというタイミングでまた無線に連絡が入った。

『あのー、荒木です。
 今気がついたんですけど、自分の後ろ一メートル半くらいかな。
 高さが自分よりも三メートルあるかないかのとこなんですけどね』

「それでどうしたの?」

『そこに長い黒い髪の毛がこびりついているんです』

「え、何言ってんだよ。
 あとで見に行くよ」

そう言ってスタッフは切ってしまった。
本番前ですからね。
それで撮影に入った。

途端に向こうから「ギャーッ」という悲鳴が上がった。
それで声が向こうから走ってくる。
その声の主は荒木だ。
真っ暗な闇の中を懐中電灯の灯りがこっちに走ってくるのが分かった。
もう撮影中止ですよ。
それで私達のところまで来たんですけど、荒木の顔は真っ青で震えながら汗を垂らしているんです。

「どうしたんだ」

「死体かもしれないんです!」

それで私聞いたんですよ、どういうことがあったんだって。

撮影が始まった。
辺りはシーンとなった。
そうすると不意に闇の中から「荒木」と呼ばれたそうなんです。
自分はそんな感じがしたって言ってました。

フッと見ると、もちろん誰もいない。
闇の中ですよ。

(やだな)

再び「荒木」という声がした。

「誰ですか、誰なんですか?」
そう声を掛けるんですが返事はない。

(やだな、やだな)

また「荒木」と声がした。

相手の声の位置が分かった。
自分のすぐ後ろなんだ。
下から声がしている。

荒木は怖いから小さな懐中電灯で後ろのほうを照らした。
そこには大きな根っこがニョキッと出ている。
そして溶岩の岩が出っ張っている。

(あぁ、溶岩の後ろに隠れているんだな。
 俺のこと驚かそうとしているんだな)

「驚かさないでくださいよ。
 誰ですか?」

懐中電灯で照らした。
その溶岩の岩の後ろには井戸のように大きな穴が空いているって言うんです。
その声はその穴の中からしたって言うんです。
その穴を照らすと、その穴の中から服が見えたそうです。
そして近くには黒いヒールがあったんで驚いたって言うんです。

「おい、それ絶対に死体だぜ。
 行ってみようか」

それで行ってみた。
撮影どころじゃないですよね。
荒木が言う場所に行ってみると、荒木が残してきた大きなライトがそのままになっている。
そして彼が言うように大きな根っこがあって、溶岩の岩が盛り上がっている。
その後ろに確かにポッコリと穴が空いているんです。

そこを照らしてみると、落ち葉の葉っぱの間に水色の夏服が見えた。
女物の服なんですよね。
ハイヒールもある。
そしてその時にフッと思った。

これ、私が撮影が始まる前に荷物を運んでいる時に、女の子を照らしてあげた時に見たハイヒールに似ているんですよね。
そこにプロデューサーが来た。

「えぇ、なになに?
 死体だって?」

「はい、ここですよ」

「・・・おいこれ、俺がロケバスで見たやつと同じだよ」

スタッフの中で度胸のある人がいたから、その人が中に入った。
そして落ち葉をどかした。
死体は無かったんですよ。

「死体無いじゃん」

「無いね」

それから少し離れてからゾクッとした。
穴のすぐ上のほうなんですよ。
枝が伸びているんですけど、その枝の先に癖のある長い髪の毛が束になってこびりついているのが見えた。
髪の毛って死体の一部じゃないですか。
やっぱり誰かがそこで死んでいたんですよ。

遺体はそこにあったんだ。
誰かが死んでいるんだ、確かにここで。
でも時間の都合もありますから撮影したんですよ。

・・・

二、三日して編集作業が始まった。
そうしたら向こうから撮影で一緒だったプロデューサーがやっていて

「稲川さん、撮影で一緒だった荒木って覚えてますか?
 アイツね、首くくったんですよ」

「えっ」

いや、死んではいないんですけど、それがおかしいんですよ。
それがね、一緒に行ったスタッフのところに電話があって

「これから何だか恐ろしいようなことが起こる気がするからこのまま電話を繋いでおいてくれないか」
って言ったそうなんですよ。

「お前、これからそっちに行ってやるから。
 そこから動くなよ!」

そうして慌てて電話をもらった人が荒木のところに行った。
そして扉を開けて中に入る。
それでドアを開けると、中で荒木が首を吊ったところだったって言うんです。

「何やってるんだ!」

そう言って急いで荒木を下ろしたら、「自分でも何をやってるのか分からない」って言うんだそうですよ。
助けに行った彼も混乱していますからね。
それでしばらくして一息ついた瞬間に気がついたって言うんです。
自分が助けに向かってアパートに飛び込んだ瞬間、玄関に黒いハイヒールがあったそうです。
思い出して玄関まで行ってみると、もうそのハイヒールは無かったそうです。

それでその話は落ち着いたんですけど、それから一年もしなかったなぁ。
その荒木というスタッフが行方をくらましてしまったんですよ。
行方を見たものは誰もいないんですけど、私はもしやと思っているんですよね。

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