ロープ

591:1/9:2007/10/22(月) 13:14:58 ID:2bULGusq0

あまりに不幸なことが続いた。 
それをここで紹介する気はないが、俺は自殺することに決めた。 
それで、少々安易だが、あの有名な樹海に行って、首でも吊る事にした。 
頑丈なロープを持って森に入り、手頃な木を探す。 
誰にも見つかりたくなかったので、 
森の中を、俺は奥へ奥へと歩いていった。 

歩き続けて、もう方向も分からなくなって来た時、 
突然、俺の目の前に人が現れた。年の頃40くらいのおっさんだ。 
お互いに驚いたね。こんなところで人に会うなんて思ってもいなかった。 

なんとなく気まずい空気が流れた後、おっさんが俺に話しかけて来た。 
「あんたも・・・かい?」 
おっさんは自分の首を切るような仕草をする。それで分かった。 
はい、そうです。と頷く。するとおっさんはこんなことを言った。 
「いやいや、おれもそうなんだがね・・・ちょっと忘れ物してねぇ。」 

「日頃からぼけーっとしてるんだけどさ。死のうと思ってこの森に入って、 
散々歩き通して奥の方で手頃な木を見つけたとき、気が付いたんだよね。 
あ、ロープ持ってない、って。」 
おっさんは照れるように頭をかく。確かに手ぶらだ。なんとも間抜けな話だ。 
まぁ、言っちゃ悪いがどこか抜けてそうな顔をしている。 

「だからさ、ロープ余っていたら、分けてくれないかなぁ・・・」 
仕方ない。ロープは十分に持ってきていたので、おっさんに分けてあげることにした。 
「いやいや、助かった。ってのも変な話か。よし、この奥にいい木があったんだよ。おまえさんもそこでやるかね?」 
抜け作なおっさんと並んで死ぬのもなんだか嫌だったが、 
手頃な木ってのが見てみたくなったので、取り合えずついて行くことにした。 

「えっと・・・確かあっちだよな、あぁ、そうそうこっちこっち・・・あれ?」 
予想はしていたが、さっそく迷っている。ため息が出る。 
「ハハハ・・・さすがに迷うね。まいったまいった。」 
目印でも付けておけばいいのに、と思うが、どうしようもない。 
「はぁ・・・おれは本当にダメだな。まったく。」 

フォローする気にもならない。俺は黙ってついていく。 
「あぁ、もう、新しく探すか。いやいや、ほんとすまんね。」 
別にいいですよ、と返事をする。そう、時間なんていくらでもある。 
急ぐ必要もない。どうせここで死ぬだけだ。 

そしてまたしばらく2人で歩く。すると妙なものが視界に入った。 
あれ、何ですかね、と俺は前方の右奥を指差しておっさんに言う。 
「ん・・・?何だろうな。人・・・か?」 
妙なもの、とは言ったが、俺にはそれが何か、もう分かっていた。 
まだ少し距離はあるが、前方に大きな木が立っている。 
その右側の太い枝に、何かがぶら下がっている。 
明らかに・・・首吊り死体だ。 

「うわ、あれ・・・」 
おっさんも分かったようだ。首吊り死体ぽいですね、と俺が言う。 
「あぁ、そうだな・・・気味悪いね・・・」 
俺とおっさんは、恐る恐るそこに近づく。 
首吊り死体だ。はじめて見る。これから俺がこうなるのか、と考える。 
特に恐怖も感じない。我ながら無関心だ。 
俺は先立って死体の足元まで近づく。悪臭。臭い。酷い臭いがする。 

何となく死体の顔を見たくて、俺は上を見上げた。 
少し歪んだ顔。しかし誰だか分かった。 
それはおっさんだった。 

俺は慌てて後ろを振り返る。 
おっさんは驚いた顔をしている。死体の顔に気付いたらしい。 
「お・・・おれが?あぁ、あぁぁぁ・・・あはは・・・ハハハハハハハハ・・・」 
大声で笑い出した。無理もない、気が狂ったか、と思ったが、次におっさんはこう言った。 
「いやいや、ハッハッハ。まいったまいった。おれさ、おれ、もう、死んでたんだよ。いやーまいったまいった。」 
目の前のおっさんが、ぐにゃりと歪んだ。かと思うと、霧のようになって霞んでいく。 
「いやーよかったよかった・・・。死んだこと忘れて彷徨ってたんだな・・・いやー・・・よかった・・・よかった・・・」 
そして、消えた。 

俺は呆気に取られた。しばらく呆けた。 
不思議なこともあるもんだと思って・・・考えた。考え始めてしまった。 

おっさんは死んでいた。じゃあ・・・俺は? 
ひょっとして、俺も既に死んでいるのではないか? 
それに気付かないで、俺はただ彷徨っているのかもしれない。 
嫌な予感・・・なんだか落ち着かない、嫌な感覚に襲われた。 

持っているロープを見る。この状態で首を吊るとどうなるのだろう。 
死んでいる人間がさらに死ぬ。どうなる?死ねるのか? 
腕をつねってみる。痛い。痛みは感じる。 
でも、人間は切断した足の痒みを感じることもあるらしい。 
つまりそこに肉体が無くても、感覚は残っている訳だ。 

じゃあ、この状態で死のうとすると・・・? 
俺は死ねないまま、ずっと苦しみ続けるんじゃないか? 

そんなのは嫌だ。首の骨が折れる痛み、窒息の苦しみが永遠に続くなんて嫌だ。 
どうすればいいか・・・。道は1つだ。 

俺の死体を捜すこと。 

そうすれは成仏できるに違いない。 
自分が既に死んでいる、とはっきり自覚するにはそれしかない・・・。 

もう何日経つか分からない。 
腹は減らない。疲れも感じない。死んでいるのは確実だ。 
でも、まだ、死ねない。消えることができない。 
森のどの辺にいるのかも分からない。ここから出られる気もしない。 

なぁ、ちょっとさ、手伝ってくれないか? 
一緒に捜そうぜ? 
俺の死体、見つけてくれよ・・・。頼むよ・・・。 

なぁ・・・。 

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