子持長持

63:虚の中の男◆AFcPKj5UhQ 09/04(火) 04:09 45iJko9a0 [sage] 
『 子持長持 』 

昔、人の良い薬売りの男が、山深い村を目指して険しい道を歩いていた。 
ふと、傍らを流れる川に目を向けると、川上から古びた長持(ながもち)が流れて来る。 
薬売りが川岸に駆け寄ると、長持は彼のすぐ目の前に流れ着いた。 

薬売りは長持の中身が気になったが、釘でも打ってあるのか蓋はぴくりとも動かなかった。 
長持を手繰り寄せてみると、思いのほか軽い。 
この先の村人の持ち物ではなかろうかと思った薬売りは、長持を担いで村へ向かう事にした。 

村に着いた薬売りが、野良仕事をしていた若い百姓に長持の事を尋ねると、 
「…ああ、そりゃオラんとこのだ」と、百姓は鍬を放っぽり長持を持って家に帰ってしまった。 
早くに持ち主が見つかって良かったと、薬売りは気をよくしつつ、村のあちこちを訪ねて廻った。 

しばらくして、薬売りが村から出ようとすると、五ツほどの小さな子供が袖を引く。 
「どこの子です?」と薬売りが問うても、村人たちは一様に知らぬと言う。 
子供は「もってけ、もってけ」と薬売りの袖を引いて、村外れの粗末な家に案内した。 

子供が導いたのは長持の持ち主であった百姓の家らしく、土間に例の長持が置いてあったが、 
百姓は留守にしているのか、いくら声をかけても出て来ない。 
子供は長持の傍に立ち、「もってけ、もってけ」と薬売りにしきりに言い放つ。 
何を持って行けと言うんだと、蓋が開けられた長持の中を覗くと、 
そこにはカラカラに干からびた人の骸…木乃伊(ミイラ)が静かに横たわっていた。 
薬売りは薄気味悪く感じつつも、子供に促されるまま、木乃伊の入った長持を担いで村を出た。 
山を下りる頃には、付いて来ていた子供の姿はいつの間にか消えていたという。 

当時、木乃伊は薬の材料として珍重されていたので、薬売りはこれを金に替えた。 
そして、それを元手に別の商いを始めたところ、店は大いに繁盛し、彼の一族は栄えに栄えた。 
しかし孫の代の時に、祖父から聞いた長持の話をうっかり他人に漏らした途端に、 
跡取息子が神隠しに遭い、蓄えた金もすっかり無くなり、薬売りの家系はぱったりと途絶えてしまった。 

長持は幾年もの間、この家の蔵に仕舞ってあったそうだが、家が潰れてからは行方知れずだという。 
もしかしたら、またどこかの深山の川で、開ける者を探して流れ続けているのかも知れない。 

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