ふらふら岩

62:虚の中の男◆AFcPKj5UhQ 09/04(火) 04:08 45iJko9a0 [sage] 
『 ふらふら岩 』 

昔、海辺に住む男が、山奥の里まで魚を売りに行っていた。 
浜では掃いて捨てるほどいる雑魚でも、塩漬や干物にして持っていけば大変ありがたがられ、 
結構な小遣い稼ぎになったという。 

ある日、いつものように男が魚を売りに行こうと山道を歩いていると、崖の上に大きな岩が見えた。 
岩は風に煽られ、ふらふらと揺れて、今にも崖下の道に落ちそうな雲行き。 

危ないと思った男は、岩が下に落ちてから行こうと、その場でしばらく待った。 
しかし、岩はしんと静まり、なかなか下に落ちない。 
思い切って通るかと男が歩み始めると、岩はまたふらふらと揺れ、すぐにでも落ちそうな気配。 
慌てて男が後戻りすると、岩はぴたりと動きを止め、やはり、なかなか下に落ちない。 
男と岩は、そんな事をしばらくの間繰り返していた。 

男が道を通りあぐねていると、前から里の者らしき人が平然と歩いて来る。 
男は危ないぞと忠告したが、里の者は何がだと首をかしげる。 
あの岩が落ちそうだからと、男が崖の上の岩を指差すと、岩は跡形も無く消えていた。 

里の者は笑いながら、川獺(かわうそ)に化かされたね、と男に言った。 
何でも近くに住み着いている川獺が、たまにそんな悪さをするのだという。 
もしやと、男が売り物の魚を入れている篭の中を見ると、魚は喰い散らかされて骨だけが残っていた。 

取っ締めてやる! と男は地団駄を踏んで悔しがったが、里の者はよせとたしなめる。 
何でも身篭った女がここを通った時などは、腹の子をまるまる持って行かれたと言うのだ。 
川獺の仕業、というのは単なる憶測で、本当は別の何かの仕業なのかも知れぬ。 
そう思うと男は居ても立ってもいられなくなり、空の篭を投げ捨て山を下りた。 

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