408 名前: 全裸隊 ◆CH99uyNUDE 2005/06/26(日) 08:40:21 ID:b3wulKLs0
なんとなく流布している噂によれば、その谷間を歩く時は、できるだけ 
斜面寄りを歩くように、との事だった。 
かつて、首のない死体が発見された事がある。 
切られたといえなくもない傷跡だったが、切り口の様子は、 
いわゆる刃物によるものではなく、その首も見つからなかった。 

日が傾きかける頃、その川筋に到着し、もう少し距離を伸ばしておこうと 
川沿いに歩き始めた。 
コウモリが一匹飛んでいるが、空はまだ明るい。 

ぶぅん 
妙な音がした。 
羽音には違いないが、聞いたことのない音だ。 
頭上、後ろから、細長い何かが姿を現し、コウモリに突進し、 
通り過ぎるとコウモリの姿はなかった。 
素早くコースを変え、高度を変えるコウモリを正確に捕食したらしい。 
そいつは、そのまま高度を細かく、素早く変えながら川上方向へ 
飛び去っていく。 

トンボだ。 
尋常なトンボではない。 
全長は2メートル近いように見えた。 

首のない死体が生きていた頃、彼に何があったか、突然頭にひらめいた。 
できるだけ斜面寄りを歩けという注意の意味も。 

大型のトンボの中には、決まったコースを往復して、捕食するものがいる。 
だいたいは昆虫だが、先ほど見た、あの巨大さ。 
あのサイズともなれば、昆虫くらいでは腹を満たせまい。 
この川筋、そこそこの大きさの生き物といえば、自分しかいない。 

斜面に寄り添っていれば歩きづらいが、トンボは羽が熊笹や木の枝に 
当たるので飛ぶ事ができず、捕食される事はない。 
そして、頭を失った男はそうしなかったのだ。 

川上から、トンボが来る。 
斜面に寄り添って歩く姿が見つかったらしい。 
速度がゆるみ、頭がこちらを向いた。 
ぶぅぅぅん 
距離、数メートル。 
恐怖も手伝って、羽音が凄まじい。 
そして、何枚かの刃物が組み合わされたような、その口。 
あれで食いつかれたら、確かに不思議な切り口ができるだろう。 
人の頭はトンボにとって、手ごろな高さでもあろう。 

急加速し、飛び去った。 
二度と姿を見なかった。 

前の話へ

次の話へ