山道の美人

392 名前: 雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ 04/02/04 02:45 
知り合いの話。 

配達業をしていた彼が、よく通っていた山道があった。 
その山道は途中で川と面しており、葦の生い茂った砂洲が見える。 
いつの頃からか、その葦の繁みの中に女性が立つようになったのだという。 
彼が言うには、腰までの黒い髪に白いワンピース姿で、かなりの美人だったそうだ。 
最初は怪訝に思っていた彼は、そのうち彼女を眺めるのが楽しみになった。 
なぜか夕刻にしか現れないのが気にはなったが。 

一月ほど経つと、彼女の方も彼を意識したらしい。 
彼が通ると微笑みかけるようになったのだ。 
彼は手を上げて挨拶を返し、すっかり有頂天になっていた。 

「次は車を止めて、直接話しかけようと思うんだ」 
ドライバー仲間うちで飲んだ時に、彼はこう打ち明けた。 
しかし仲間たちは皆、困ったような何ともいえない顔をした。 
「車から降りるのは止めた方がいいよ、絶対に」 
「どうしてさ?」 
仲間たちが渋々といった感じで順番に口を開く。 
「その彼女が立っているあたりな、3年前まで小さな火葬場があったんだ」 
「一番近い民家でも山一つ向こうなのに、彼女はどこから来てるんだ?」 
「砂洲へ渡る橋も、今は落ちてなくなっているはずだよ」 
皆の酒を飲む手が止まっていたという。 

それ以来、彼は夕方にその山道を通るのを避けていた。 
しかしある夜、急な配送が入って、仕方なく彼はこの道を通ることにした。 
もう何も出ないだろうと、高をくくっていたせいもある。 

砂洲のあたりまで差しかかり、彼は悲鳴を上げそうになった。 
暗黒の中に、白い立ち姿がぽつんと浮かび上がっていたのだ。 
ライトも届いていないのに、なぜかくっきりと見えたのだという。 

急いで通り過ぎようとする彼に向かい、女は顔を上げた。 
目元は見えなかったが、口元は怒りに歪んでいるのが分かった。 
人間のものとは思えない鋭い尖った犬歯が覗いていた。 

いきなり彼女は走り出し、葦の中を車に並んでついてくる。 
アクセルをベタ踏みすると、その姿はあっという間に小さくなって背後の闇に消えた。 
幸い、彼女はどうやら川を渡れない存在らしかった。 

彼は金輪際、その山道には近寄らないことにしたそうだ。 
次に逢ってしまうと、何かもうひどいことになりそうな気がするのだという。 

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